書店員が“末恐ろしい”と評した新人作家とは? 「動」と「静」を描く対照的なデビュー作2選

書店員が“末恐ろしい”と評した新人作家とは

 逆に人間の「静」の部分を描いた、こちらもデビュー作である八木詠美『空芯手帳』も見逃せない。紙管に関する会社に勤める20代後半の柴田は、〈反抗とも呼べない、ちょっとした実験のつもり〉で空想で妊娠、偽の妊婦として生活を始める。出産にいたるまでの時間が丹念に描かれていく。

 日々平穏に暮らし、周囲からは何でも頼みやすい大人しい人だと思われていた柴田。妊娠を不意に伝えられた周囲の変化が興味深い。今まで気にもしていなかったうだつの上がらない男性同僚の優しさや、日常で出会う人々の気遣いが、妊娠によって気づかされる一方で、男性優位の会社内の変わらない雰囲気と、都合よく彼女を解釈しようとする人々の様子を、柴田は極めて冷静に見つめている。ある日、柴田はそれらの不躾な視線に対しこう応える。

意外だ意外だってなんですか? 田中さんそんなに私のこと知ってます? ちなみに私は田中さんのことを特別知りたくありません。それで見ます? 産むところ見ます? そうしたら信じられますよねえ。あなたの意の外の世界!私の子ども!

 偽の妊婦体験を通じて、今まで自分でも思ってもみなかった新たな自分が作り出されていく。意図的に体重を増やして他の妊娠女性とエクササイズのスタジオで交流したり、趣味や交友関係など妊婦としての流れが自分の中を過ぎていく。その上で柴田は、みんな等しく幸せになって欲しいという願望に包まれるようになる。

不意に、私は担保できるものを作ってみようと思った。他の人の目には映らない、ごく個人的な、嘘みたいなものでもいいから。ずっとそれを守る自分を守っていたら、それを守る自分を守っていけたら、例えば大雪の日の夜が少し変わるかもしれない。それはごく地味な変化かもしれないけど。

 彼女がなぜ妊娠ということを選んだのか、読者の感想はそれぞれ異なるだろう。妊娠には必ず先がある。彼女はどういう選択をするのだろうか。女性とは、自分の中に新しい命を宿すとは、それでも個人として生き続けるとは。本書は今の時代だからこそ求められる、切実な物語ではないだろうか。

■山本亮
埼玉県出身。渋谷区大盛堂書店に勤務し、文芸書などを担当している。書店員歴は20年越え。1ヶ月に約20冊の書籍を読んでいる。会ってみたい人は、毒蝮三太夫とクリント・イーストウッド。

■書籍情報
『化け者心中』
著者:蝉谷めぐ実
出版社:KADOKAWA
定価:本体1,650円+税
発売日:2020年10月30日
https://www.kadokawa.co.jp/product/322006000161/

『空芯手帳』
著者:八木詠美
出版社:筑摩書房
定価:本体1,400円+税
発売日:2020年11月30日
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480804990/

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