英日での舞台化で再注目 新海誠らしさが詰まった『言の葉の庭』の魅力を再発見
『君の名は。』(2016年)、『天気の子』(2019年)、『すずめの戸締まり』(2022年)と、興行収入が100億円を突破するアニメ映画を立て続けに送り出してきた新海誠監督。なぜこれほどまでの人気監督になったのかを探ると、10年前に公開された中編アニメ『言の葉の庭』(2013年)に行き当たる。今よりもずっと小規模で公開されながら熱烈なファンを生み、10年経っても衰えない人気を保っている。舞台にもなって夏にロンドンで上演され、11月には日本公演も行われる『言の葉の庭』の魅力とは。
雨が降る日には高校にそのまま行きたくないと、新宿駅で降りて新宿御苑に入り、日本庭園にある「あずまや」で靴のデザインを描いて時間を過ごす。そんな日々を送っていた高校生のタカオはある日、いつものあずまやに先客がいることに気づく。昼間から缶ビールを飲み、なぜかチョコレートをつまみに食べる年上の女性にタカオは見覚えがあった。「どこかでお会いしましたっけ」。そう問うと女性は答えず、和歌を口にして去って行った。
ダルい学校生活からのサボタージュ。不思議で魅力的な年上の女性との出会い。興味をそそられるモチーフが、緑の茂る新宿御苑を舞台に描かれ、観る人の気持ちをザワつかせる。ストーリーが進み、何度も出会うようになってユキノという名だと知った女性との交流を深めていくタカオ。ユキノの足を採寸して靴を作ってあげるところまで進んだ関係に、羨ましさすら感じてしまう。
『言の葉の庭』を観て、自分もそんな出会いがあるかもといった期待をほんの少しだけ抱いて新宿御苑に足を運ぶ人が現れて、当の「あずまや」はちょっとしたアニメ聖地になった。『君の名は。』で新海監督作品に出演する神木隆之介も、映画に影響を受けてお忍びで新宿御苑に通い詰めていたというから、それだけ人を惹きつける魅力にあふれた作品だったということだ。
恋愛関係を描いても、同じ世代どうしが多かった新海作品にあって、年の差がある少年と女性の関係が描かれていたところも、『言の葉の庭』の特徴だった。前作にあたる『星を追う子ども』(2011年)には、年上の教師といっしょに旅をする少女が登場するが、ふたりの関係は喪った存在を追い求める同志のようなもの。対して『言の葉の庭』はグッと深いところにまで踏み込んで、異性としての強い恋情をタカオはユキノに対して示す。
ユキノの正体が明らかになって不道徳めいた感情も浮かんで来て、タカオの側にある男子もユキノの立場に近い女性も甘美で、それでいて痛みも感じさせる関係への憧れをかきたてられる。そこにハマった人たちで、『言の葉の庭』は決して広くはないものの、熱くて深い支持を集めた。8月から9月にかけてロンドンで行われた公演に続いて、11月に日本で行われる舞台でも、そうしたファンの興味がタカオを演じる岡宮来夢と、ユキノ役の谷村美月に向かい、成り行きを見届けたいと足を運ばせるだろう。
対話が中心の内容は新海作品では舞台に向いている。「あずまや」での出会いや藤棚の下での会話の中で、次第に縮まっていく関係を見せてくれそう。映画のクライマックスで、ユキノがタカオを追って階段を駆け下り、迎えたタカオが叫びながらユキノへの思いをほとばしらせるシーンが、どのように演じられてどれだけの感動を引き起こすかに、期待しているファンも多そうだ。
ひとり語りを書かせたら誰も追随できない強さを持つ新海監督のシナリオワーク、あるいはひとり語りの神髄に、俳優による生の演技で迫れるとしたらこれは見物だ。観終われば改めて映画を観てみたくなるだろう。そこで誰もがきっと、ここ最近の新海監督作品から失われているものに気づく。印象的な“モノローグ”だ。