『全修。』が切り開いた新たな“異世界” アニメーターの初恋が変えた“転生”の意味

異世界転生ものにして異世界転生ものにあらず、『全修。』の不思議な異世界

転生、追放、婚約破棄に悪役令嬢。現代は異世界ものが花盛りの時代だ。現在放送中のアニメ『全修。』も分類上は異世界転生ものだが、このジャンルには珍しく小説等の映像化ではない。2025年にオリジナルアニメが描く「異世界」とはどんなものなのか? クライマックスに向け新ビジュアルも公開された本作の魅力を整理してみたい。
主人公・広瀬ナツ子は初監督作品で大ヒットを飛ばした新進気鋭のアニメーター。次回作『初恋 ファーストラブ』の絵コンテが描けず窮地に立たされていたある日、食中毒で意識を失った彼女は大好きなアニメ『滅びゆく物語』の世界に転生していて……?
ナツ子はアニメの世界に転生してしまい、描いたものが具現化する謎のタップ(作画用紙の固定道具)の力で物語を全修=オールリテイクしていく。目を引くのは彼女がアニメーターである点で、第1話での『風の谷のナウシカ』の巨神兵に似た化け物をはじめとした、名作オマージュに満ちたナツ子の作画に興味を惹かれた視聴者は多いだろう。ただ、第一印象とは裏腹に本作は異世界転生ものらしくない作品でもある。
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多くの場合、転生ものの主人公には未練がある。努力が報われない、夢を叶えたい……だがナツ子は現実世界で天才アニメーターとして成功しており、次回作に悩んでいても未練があったわけではない。また彼女が転生した『滅びゆく物語』は勇者ルークを絶望させる暗い展開が理解されず不評を買った作品だが、ナツ子はそのよく分からないところが好きで結末には不満がなかったりする。正当な評価のカタルシスや悲劇を回避したいモチベーションが欠落した本作は、外見こそ似ていても異世界転生ものではない。いや、本作の異世界はそこにはない。
ナツ子にとって、小さな頃から知る『滅びゆく物語』の世界は異世界ではない。劇中の台詞もモブの動きもそらんじられるほど慣れ親しんだ、むしろもっとも近くにある世界だった。
だが、彼女が転生した結果、この世界は少しずつ姿を変えていく。死ぬはずの者が死なず、資料集にない設定が明かされ、ルークたちも新しい表情を見せる本作の世界はナツ子の知るそれからもっとも遠い世界――つまり異世界だ。
『全修。』の「異世界」とは元いた場所とルールが異なる世界ではなく、一番近くて一番遠くにある世界なのである。