『ノー・アザー・ランド』が切り取った驚くべきパレスチナの現実 世に与えた影響を考える

『ノー・アザー・ランド』が世に与えた影響

 ベルリン映画祭最優秀ドキュメンタリー賞と観客賞を受賞し、先のアカデミー賞において長編ドキュメンタリー映画賞を獲得したことが大きな話題となった、『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』。パレスチナに住む人々が家や土地を奪われている現実を映し出す、衝撃のドキュメンタリー作品だ。

 イスラエル軍の攻撃によって、パレスチナのガザ地区住民の被害、困窮が日々深刻化している状況のなか、とくにイスラエル政府を支援しているアメリカで、パレスチナの窮状を映し出した映画が最も権威ある賞を得たことは、世界に大きな驚きを与えることとなった。

 ここでは、そんな本作『ノー・アザー・ランド 故郷は他にない』が切り取った、驚くべきパレスチナの現実と、そんな事態が起こった背景を解説しながら、この作品の意義と世に与えた影響について考えていきたい。

 本作を手がけたのは、題材の当事者となっている4人の監督。パレスチナのヨルダン川西岸地区に生まれ育ち、そこでイスラエル軍やユダヤ系を中心とする入植者たちによっておこなわれている暴力行為や強制追放を記録し発信し続けている、バーセル・アドラー。そんなバーセルに共鳴し、自身がイスラエル人でありながら反対活動に加わったり、ジャーナリストとして不公正な状況を報道しているユヴァル・アブラハーム。バーセルと同じく村落の集まりであるマサーフェル・ヤッタ出身で、人権団体の調査員であるハムダーン・バラール。そして、エルサレムを拠点に活動するイスラエル人の撮影監督ラヘル・ショールだ。

 カメラが捉えるのは、マサーフェル・ヤッタで、毎週のようにイスラエル軍がパレスチナ人家族の暮らす村を破壊しに来るという、ショッキングな光景だ。人の住んでいる住居、生活の基盤となる家畜小屋や井戸、小さな子どもたちが授業を受けている学校までもがブルドーザーなどで破壊されていく。

 家を潰された人々のなかには、付近の洞窟に家財道具を運び出して暮らす世帯もいる。先祖代々そこに暮らす人々が、「他に土地はない(ノー・アザー・ランド)」と考えるのは当然の話だ。村への給電設備までをも破壊されてしまった人々の生命線となるのは、自前の発電機なのだが、イスラエル軍はパレスチナの世帯を追い出すため、その発電機すら奪おうとする。そして、そんな暴挙に抗議するパレスチナ人が、ついに銃で撃たれてしまう。本作は、そんなショッキングな場面を映し出すのである。

 伝統や文化、生活するためのあらゆるものを破壊され、家族が暴力にさらされるという、マサーフェル・ヤッタの人々の表情は、あまりにも悲痛だ。しかし本作の作り手たちは、軍の威嚇や暴力行為、逮捕のリスクなどに恐怖をおぼえながらも、勇敢にカメラをまわし、この惨状を世界に向け発信し続ける。しかし、いったいなぜ、こんなひどいことがパレスチナ国内でおこなわれているのだろうか。ここで、映画では十分に説明されなかった、その背景を分かりやすく説明していきたい。

 前提にあるのは、19世紀末からユダヤ人の一部が主張し続けている「シオニズム」という概念だ。これは古代の一時代に、この地(旧名シオン)に住んでいたユダヤ民族が、ローマ軍によってさまざまな地に離散したという歴史的経緯から生まれたものだ。その後ユダヤ教のみならず、キリスト教やイスラム教の「聖地」ともなった複数の場所を含むパレスチナに約2000年ぶりに帰還し、ユダヤ民族のための国を作りたいという願望が、ある種のナショナリズムとともに生まれていったのだ。

 パレスチナの地は、時代によってさまざまな民族が統治してきた。さまざまな国で民族の文化を存続させてきたユダヤ人は、ナチスドイツによるホロコーストなどの迫害に遭った経緯を経て、第二次世界大戦後にイギリスやアメリカの支援を受けながら、すでに多くのアラブ人が住み着いていたパレスチナへと続々入植し、先住民たちやアラブ諸国との衝突のなかで「イスラエル」を建国を宣言する。この行動が大きな反発を生み、「第一次中東戦争」が勃発することとなるのである。

 その戦いに敗れたアラブ人たちは、本作でとり上げられるヨルダン川西岸地区や、ガザ地区など一部のエリアや都市、そしてアラブ諸国へと逃げ延びた。その後、イスラエル軍の占領と領地の拡張が続き、パレスチナの一部抵抗勢力が戦いを続ける混迷の状況のなか、第三国の介入により、土地をそれぞれが分割することで平和へと向かう、1993年の「オスロ合意」が交わされたのである。

 イスラエルは多くの土地を得た上に、パレスチナに残されたヨルダン川西岸地域を細かくA、B、Cの地区に分ける計画に同意する。B地区ではイスラエルが治安を維持し、C地区では治安も行政もイスラエルがおこなうという条件で、結果として実質的にパレスチナの残った土地までをもコントロールすることとなった。客観的に見てパレスチナ側にことごとく不利な条件ではあったものの、当時は、あくまでこれを暫定的な措置であるとし、これらの地区はパレスチナに返還される見通しだとして、納得させた部分があったのだという。

 しかし、その不確かな約束は守られることがなかった。土地は返還されないどころか、ヨルダン川西岸地区の広大な土地は、「軍の演習地」などの名目でイスラエル軍が管理し、そこに昔から存在していたパレスチナの村を破壊するようになっていったのだ。その状況が、本作の内容へと繋がっていくのである。

 こういった歴史の事実を踏まえると、イスラエル政府や軍が、パレスチナ人の村を破壊するようになった理由が理解できるだろう。イスラエルは軍事力によってパレスチナの土地を半分以上手に入れたにもかかわらず、さらに残った土地までをも段階的に奪い続けているのである。そのため、村の家を壊し、施設を壊し、インフラを壊すことで、パレスチナの住民を追い出しているのだ。「演習用地」だと軍が説明した場所には、イスラエルの入植者たちが住むための家を建てている事実を映し出すことで、イスラエル側の欺瞞に満ちた姿勢が糾弾されている。

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