岩波新書 × 中公新書 × ブルーバックス、新書レーベル“三兄弟”鼎談「心を同じくして助け合い、幅広い読者に本を届けん」

新書を巡る状況の変化
ーー各レーベルの歴史やカラーがよく伝わるお話でした。その上で、一連のポストも含めて、新書をめぐる状況をどう捉えているか、ということも聞かせてください。
中山:岩波新書編集部の「新書がもっと若者に流行ったらいいな、と常日頃から思っている。」というポストは、倉田シウマイ(リップグリップ)さんというお笑い芸人がやっているYouTubeチャンネル「新書といっしょ」からの引用で、これは我々にとって切実な願いなんです。岩波新書の本づくりにおいて、新書という媒体の特徴や歴史は重要な意味をもつのですが、いまや若者に限らず、「新書とはどんな本なのか」が、そもそも知られてはいません。だからこそ、新書に親しみのない人たちにいかに新書を知ってもらうかが、大きな課題だと考えています。しかし、それは一レーベルだけでどうにかできるものではない、ということも強く感じます。この思いは、皆さんにも共有していただけるのではないか、と。
上林:私は「我ら三レーベル、生まれし日、時は違えども、新書の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、幅広い読者に本を届けん」と、三国志になぞらえてふざけたポストをしただけなんですが(笑)、今の中山さんのお話には共感しかなくて。先ほど岩波新書から「ケア」についての2冊が近い時期に刊行されて、それを読み比べるのが醍醐味だと申し上げました。それは他レーベルでもあっていいことで、例えばブルーバックスに『コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか』(旦部幸博)という面白い本があって、一方で中公新書にもロングセラー『コーヒーが廻り世界史が廻る 近代市民社会の黒い血液』(臼井隆一郎)があり、自然科学的な目線と、歴史的な目線で併せて読める。
あるいは、岩波新書から出された『アルベール・カミュ 生きることへの愛』(三野博司)、弊社から出ている『戦後フランス思想 サルトル、カミュからバタイユまで』(伊藤直)を並べて、一人の思想家をじっくり掘り下げる視点と、より俯瞰的な視点で見てみるのも非常に面白いと思います。野球に例えるなら、普段はセリーグとパリーグに分かれて各球団争っていますが、世界大会のWBCに出場するときは一丸となって戦うように、新書界全体でもさまざまな取り組みができれば、当初のポストにあった若い読者の獲得にもつながっていくのかなと、願望込みで思っています。
青木:一連のポストについて、拾ってくれる方々が本当に優しい人たちで、いい雰囲気でしたよね。新書だけでなく、紙の出版物を巡る状況が厳しいのは事実ですが、そのなかで「新書愛」というのは非常に強く存在するんだと。もっと言えば、そういう読者の方々って、僕ら異なる新書の関係者が仲良くしているのを見るのが好きなのかもしれないと思うんですよね(笑)。逆にいうと、競合だからといっていがみ合うようなことは好きじゃない。そういう意味で、新書は恵まれているな、と思うところもありますね。
ーー新書は常にヒット作が出ている、という印象もあります。
上林:月あたりの刊行点数が相当に多いので、話題作やヒット作は相応に出ていると思います。ただ、かつてはあったミリオンセラーもしばらく出ておらず、読者の好みや関心も細分化されているなかで、なかなか大変な面も多いのではと。
青木:時代も変わっていますし、よほどのことがなければミリオンセラーというのは難しいでしょうね。今後も時折、外れ値のように特異な例は出てくるかもしれませんが、ブルーバックスを考えても、何十万部も売れていたのはだいぶ前の時代です。ごく最近では『土と生命の46億年史 土と進化の謎に迫る』(藤井一至)が大きなヒットです。一方で電子書籍のようなあらたなやり方も出てきていますし、部署としてしっかりやっていくしかないだろうなと。
中山:確かにヒットしている新書はありますよね。ただ、よく読まれているものほど、新書の固定読者層の間で広まったというより、むしろ、そうではない人たちに届き、その人たちの間で広まったという印象をもっています。つまり新書だからヒットしたというのではなく、単発の本として受容されている。かつてはもっと新書の読者層が厚く、そのなかに各レーベルの読者がいて、それが交差しながらヒット作が生まれていたと思うのですが、残念ながら「新書の読者」という畑はずいぶん痩せてしまっているという感じがしますね。昔だったら、書店に行けば各レーベルの新書がずらっと並んでいて、新書棚を眺めれば「この店は中公新書が多いな」「ブルーバックスに力を入れているな」という感じで本屋の個性もわかり、そこで何かしら読みたい本を見つけることもできましたが、いまはそういう場が減っています。だからこそ、私たちも畑をしっかり耕さなければいけないという思いがあります。今回の一連のじゃれ合いのようなポストが、新書を手にするきっかけになってくれるのであればうれしいですが、これも新しい畑の耕し方なのかもしれません。
上林:若い世代として、楊木さんはどうですか?
楊木:皆さんのお話の通りで、最近は新書棚じゃないところから火がついていくケースが増えている印象です。少し前までは、『一切なりゆき 樹木希林のことば』(樹木希林、文春新書)や『80歳の壁』(和田秀樹、幻冬舎新書)など、店頭でたくさんの人の関心を呼び、あれよあれよとベストセラーになっていくものが多くありました。ですが最近では、たとえば『ケアと編集』の著者である白石正明さんも、『土と生命の46億年史』の藤井一至さんもSNSを巧みに使われる方で、そこで興味を持った読者が買っている。中公新書の一大ベストセラー、『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(今井むつみ、秋田喜美)もXから火がついたところがあると思います。今年の新書大賞受賞作『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(三宅香帆、集英社新書)もそうですし、SNSで関心を持って新書を買うという、新しい読者層が生まれているのではないかと。

























