岩波新書 × 中公新書 × ブルーバックス、新書レーベル“三兄弟”鼎談「心を同じくして助け合い、幅広い読者に本を届けん」

岩波新書編集部のXアカウントにて、6月7日に「新書がもっと若者に流行ったらいいな、と常日頃から思っている。」というポストがされたところ、講談社ブルーバックスのアカウントが「じつは、ブルーバックスも新書です。日本で三番目に長い歴史を持つ新書レーベルです。」とリポスト。すると、二番目に長い歴史を持つ新書レーベルの中公新書のアカウントが「我ら三レーベル、生まれし日、時は違えども、新書の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、幅広い読者に本を届けん」と応答した。一連のポストは新書ファンの間で大いに話題となり、総リポスト数が5000、総インプレッション数が200万に届くほどの注目を集めた。
「我ら三レーベル、生まれし日、時は違えども、新書の契りを結びしからは、心を同じくして助け合い、幅広い読者に本を届けん」https://t.co/1bAc92us4C
— 中公新書 (@chukoshinsho) June 9, 2025
岩波新書は1938年、中公新書は1962年、ブルーバックスは1963年に創刊された新書レーベルで、それぞれの特色を活かしながら、現在もヒット作を生み出し続けている。今回のXのポストでは、お互いを意識していることが改めて一般読者にも示された形だが、具体的にはどんなところで切磋琢磨しているのだろうか。岩波新書の中山永基氏、中公新書の上林達也氏、ブルーバックスの青木肇氏、家田有美子氏、楊木文祥氏に、それぞれのレーベルの魅力や近年の新書を巡る状況について、語り合ってもらった。
岩波新書、中公新書、ブルーバックス、それぞれの特色
ーー最初にそれぞれのレーベルの特色についてお話しいただけたらと思うのですが、せっかくですので他己紹介のような形で伺えればと。まずは最も歴史の古い岩波新書の印象から、いかがでしょうか。
中公新書/上林達也氏(以下、上林):岩波新書は1938年に創刊されたレーベルで、新書として日本におけるダントツの先駆けです。弊社も含め、多くの新書は岩波新書を念頭に置いた形で作られているといっても過言ではないのかなと。憧憬も含め、ここに至るまでの新書の歴史は岩波新書を軸に展開してきたのではと思っております。
講談社・ブルーバックス/青木肇氏(以下、青木):もう30年以上前ですが、僕は学生のころに国際経済論をかじっていて、村井吉敬先生の『エビと日本人』や、柴宜弘先生の『ユーゴスラヴィア現代史』とか、ある分野を勉強したければまず岩波新書を読んでいました。いずれにしても、何かを学ぶときに振り向けば必ず岩波新書があった。まさにキング・オブ・新書ですね。
岩波新書/中山永基氏(以下、中山):ありがとうございます。現役で編集者をやっている身としては、お二人の言葉はやりがいになりますし、同時に重いプレッシャーにもなりますね(笑)。
ーーそれでは、中公新書についてはいかがでしょうか。
中山:“ザ・教養”といいますか、信頼感のある知識を手に入れたいと思えば中公新書だというイメージがあります。岩波新書は色を変えてきたことに象徴されるように、同じ教養新書といえど動きのあるレーベルですが、中公新書はいい意味でどっしりとした安定感があって。ブレないところが強みだと思いますし、私たちにとっても大きな刺激になる存在です。
青木:中山さんがおっしゃった「ブレない」という言葉に集約されると思っています。それこそ岩波新書はいい意味で時代に合った部分を少しずつ取り入れてきた印象がありますが、中公新書はあの深緑の装幀デザインも含めて頑固一徹というか(笑)。今日、出張帰りの新幹線で新聞広告をチェックしていて、麻田雅文先生の『日ソ戦争-帝国日本最後の戦い』、岡本隆司先生の『二十四史―『史記』に始まる中国の正史』というラインナップを見て、「俺は今こういう本が読みたいんだ!」と唸りました。僕自身、慣れない科学漬けの日々で人文界隈の良書に飢えているので(笑)。
上林:ご指摘のとおりだと思います。中にいると気づきにくいところもありますが、表紙も変わりませんし、歴史を基調とした路線が強いのも変わらずにやっているのかなと。
ーー続いてブルーバックスについても聞かせてください。
中山:個人的な話で恐縮ですが、私は大学で法学部に入ったものの、高校は理系のクラスだったんです。浪人時代が長かったこともあり、理科系には挫折の記憶がつきまとっています(笑)。そんな当時の私にとって、ブルーバックスはまさに知の宝庫ともいうべき、仰ぎ見る憧れの存在で、背伸びしてチャレンジしたこともありました。とはいえ手が届かない存在だと思われがちですが、実は最先端の知識を伝えるものだけでなく、やさしい内容の本もあります。科学に軸足を置いている新書レーベルは他になく、孤高の存在だと思います。
上林:私はサイエンス系書籍とはほとんど無縁ですが、「こういう企画で本を出せるんだ!」という驚きに満ちたレーベルだと思います。今回のお話をいただいて、自分が最初に読んだブルーバックスの本は何だろう、と考えたのですが、おそらく『マックスウェルの悪魔』(都筑卓司)ではないかと。いまは新装版に漫画版も出ているロングセラーで、歯応えのある内容でしたが、今読み返してみても「熱力学でこんな話ができるんだ」という面白さがあります。「マックスウェルの悪魔」というのはひとつの例え(※思考実験に用いられる架空の存在)であるのに、それだけで一冊の本を構成できて、しかも長く読み継がれているのは本当にすごいことだなと。中山さんがおっしゃったように、他に類を見ないレーベルですね。
青木:僕自身、お二人とはまったく違うレベルで挫折していて、本当に理系に縁がなかったもので、今でも「ボクはなんでこの部署にいるの?」と思っています。講談社による壮大な実験の最中だと思っていただければいいのかなと(笑)。現場の編集者がとても優秀で、難解な企画も出てきますから、それをどこまで噛み砕いて、より間口を広げた本を作るか、という実験として僕がポツンと配置されているのだろうと思います。家田(有美子)や楊木(文祥)のようなすごい編集者がいるので、安心して出張にも行けます(笑)。
ーーちょうどその楊木さんと家田さんもいらっしゃるということで、Xでの一連のポストについてはどうご覧になっていましたか。
家田:中山さんのポストを拝見する少し前に、ちょうど楊木や青木と「ブルーバックスが新書だということをもっと認知してもらわないといけないよね」という話をしていたんです。そんな中でたまたまあのポストが流れてきて、「これだ!」と(笑)。そうして皆さんの反応を見ていると、「新書愛が強い人がこんなにいるんだ」と感じるとともに、やっぱりブルーバックスは新書の仲間としては見られていないんだという現実をあらためて確認できました(笑)。
楊木:あの一連のポストの反響がなかなか大きく、岩波新書・中公新書・ブルーバックスが日本で現存している最も古い新書レーベルTOP3なんだということを初めて知って、驚いた若い読者の方もかなりいたのではと思います。ブルーバックス的には、読書猿さんが<胸を張れ!!「小型判で学術一般を要約する叢書」は欧州にも複数存在するけどが、ポケットに入るサイズで、科学専科で扱い、60年以上ほぼ毎月刊行を続けているシリーズなんて、世界のどこにも無いんだぞ!!>と引用&リポストしてくださって、ありがたい限りだなと。それも日本の豊かな出版文化・読書文化があってこそ成り立っているものだと思いますし、新書という形態だからこそここまで長く続いてきたのかなと感じますね。
ーーお互いに「これはやられた!」と思った企画についても教えてください。
中山:直近だと、ブルーバックスの『脳・心・人工知能〈増補版〉 数理で脳を解き明かす』(甘利俊一)ですね。甘利さんの京都賞の受賞を見て「おっ」と思った瞬間、「もう増補版が出てるじゃん」と(笑)。僕らと鼻の利かせ方が全然違うな、と。持っている財産のクオリティが凄まじいなとあらためて感じました。
またこちらも直近ですが、中公新書の『ベルリン・フィル 栄光と苦闘の150年史』(芝崎祐典)も印象的でした。新書らしいテーマに新書らしい切り口でありながら、しかし著者とテーマの組み合わせで、これまでにない教養新書になっています。どちらも、それぞれのレーベルの強みを感じたという意味で、「やられたな」と思った2冊ですね。自分たちが出していてもおかしくはないだけに、先をいかれたな、という感覚です。
上林:これは「やられた」というより「やれないな」という話かもしれませんが、ブルーバックスでいうと『ゲノム編集とはなにか 「DNAのハサミ」クリスパーで生命科学はどう変わるのか』(山本卓)が印象深いです。問いの立て方がストレートで、確かにみんな知りたいテーマですよね。一方で、最近だと『生命にとって金属とはなにか 誕生と進化のカギをにぎる「微量元素」の正体』(桜井弘)という本があり、人生で考えたこともない問いをテーマとして、こういうテーマを立てられるのはとてつもない強みだと思います。ブルーバックス以外のレーベルから出てくることが想像できない。レーベルの個性とも直結していると思いますし、自分たちにはやれないんじゃないかなという気がしています。
岩波新書については比較的新しい2冊で。まず『ケアと編集』(白石正明)が非常にいい本でした。言うまでもなく編集者が読んで面白く、そうでない人にも読み甲斐のある本でした。その後に『ケアの物語 フランケンシュタインからはじめる』という小川公代先生の本が出ているんですよね。一つのレーベルの中で、例えば「ケア」というテーマについてまったく違う切り口、スタンスの本が出せていて、それを読み比べることができるのは、魅力的なことだと思います。そうして繋がりを持って一つのテーマを掘り下げていけるのも読書の醍醐味ですよね。
青木:僕も『ケアと編集』というタイトルを見た時点で、「これは思いつかないな」と唸らされました。「シリーズ ケアをひらく」で有名な著者・白石正明さんの起用もそうですし、オビにある「人を変えたり治したりしないための『編集術』」という文言も、これはうまいなと。ここからは持論になりますが、もともと岩波新書は社会問題からのアプローチが非常に上手で、それがうらやましいと思っていました。現代新書時代にノンフィクションをいくつか手がけたことがあるんですが、なかなかうまくいかなかった。新書で最も早くからノンフィクションを手がけてきたのは岩波新書だと思っていて、『ケアと編集』や『ケアの物語』もそこから派生しているのではと。
中公新書は先ほども申し上げたとおり、人文系に飢えているなかで個人的にも読みたくなる本が多くて。現代新書時代に司馬遷の『史記』をテーマに一冊できないかと考えたことがあって、その際に『二十四史』を読み、「こういう切り口でこういう先生に書いていただくといいのか」と、まさに「やられた」という感覚でした。最近、講談社現代新書が『内務省 近代日本に君臨した巨大官庁』(編:内務省研究会)というスゴイ本を出したのですが、これは中公新書に対して一矢報いたんじゃないかなと、勝手なことを思っています(笑)。それはともかく、中公新書の歴史物は本当にすごいなと。






























