連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2025年4月のベスト国内ミステリ小説

2025年4月のベスト国内ミステリ小説

 今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。

 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は四月刊の作品から。

千街晶之の一冊:笠井潔『夜と霧の誘拐』(講談社)

 全十作で完結予定という笠井潔の矢吹駆シリーズも、『夜と霧の誘拐』で第八作に達した。運転手の娘が大富豪の娘と間違えて誘拐されるという発端は、エド・マクベインの『キングの身代金』や、黒澤明によるその映画化『天国と地獄』を連想させるが、本歌取りの域にとどまらない複雑な展開をトリッキーかつフェアな本格ミステリとして着地させる構想はおそろしく密度が濃い。ハンナ・アーレントをモデルにした哲学者と矢吹駆の思想対決も、シリーズ初期の傑作『サマー・アポカリプス』に匹敵する緊迫感で、著者の新たな代表作と呼ぶに値する。

橋本輝幸の一冊:藤つかさ『名探偵たちがさよならを告げても』(KADOKAWA)

 高校が舞台の青春ミステリ長編。定年前に病死した国語教師兼司書の久宝寺はミステリ作家でもあった。死後発見された彼の未発表作のプロットには犯人が書かれていない。ところが学校で、プロットそっくりの状況で女子生徒の遺体が発見される。みずから探偵役を名乗り出た生徒・深野あずさと、久宝寺の後任教師にして元教え子・辻玲人は謎を解き明かそうと試みるが。

 ミステリ形式だからこそ書かれ得た青春の物語である。重たい要素もあるが、実直な登場人物たちのおかげで後味は悪くない。本書含む既刊3冊が学園ものだが著者の関心はまだ尽きないようだ。

梅原いずみの一冊:伏尾美紀『最悪の相棒』(講談社)

 バディものが好きである。阿吽の呼吸の二人も、それぞれに思うところのある二人もいい。伏尾美紀三作目の長編は後者だ。幼い頃に姉を殺された潮崎と、その事件がきっかけで警察官の父を亡くした広中。互いが互いを深く傷つける過去を持つ二人は刑事となり、相性最悪のコンビとして「東京の限界集落」こと花園団地で起きた事件の捜査に当たることに。団地の人々の複雑な心理が絡み合い、事態は思わぬ形で連鎖する。「絶対に超えてはいけない一線というものが人にはあるんだ」。真相は容赦がないけれど、だからこそ潮崎の言葉が光る。

若林踏の一冊:笠井潔『夜と霧の誘拐』(講談社)

 現象学的推理を駆使する探偵・矢吹駆が登場するシリーズ8作目である。某有名誘拐ミステリへのオマージュから一捻りを加えた展開、ハンナ・アーレントをモデルにした哲学者カウフマンと矢吹の火花散る討論、矢吹が披露する独自の誘拐犯罪論などなど、謎解きミステリの部分と思想対決の部分がこれ以上に無いくらい見事にマッチして、小説内のあらゆる事象が綺麗に収斂されていく様が素晴らしい。雑誌連載終了から15年の歳月を経ての単行本化だが、カウフマンと矢吹の討論を読めば今この時期にこそ問われるべき作品だったと感じるはずだ。

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