連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2025年4月のベスト国内ミステリ小説

2025年4月のベスト国内ミステリ小説

藤田香織の一冊:芦沢央『嘘と隣人』(文藝春秋)

 定年退職した神奈川県警の元刑事・平良正太郎。再就職することもなく、新たな趣味にささやかな家庭菜園をはじめ、穏やかな毎日を生きる平良が、思いがけず関わってしまった5つの物語。現役時代であれば「事件」に鳴り得ることでも、今の平良にとっては日常のなかのトラブルや相談や謎と捉えるしかない、というスタンスの違いが興味深かった。元刑事ではあるけれど、何の権限があるわけでもなく、出来ることとすべきことの間で揺れる人間味がいい。妻の友人の夫が当事者となった痴漢冤罪問題に端を発する「最善」が地味に良かった。シリーズ化希望!

酒井貞道の一冊:潮谷験『名探偵再び』(講談社)

 主人公・時夜翔は、大叔母が学生時代に名探偵として名声を確立し、そして散っていた。30年後、大叔母と同じ女学校に入学した翔は、学園でほぼ神格化されている大叔母同等の名探偵であることを勝手に期待されてしまう。それでも一年目は平和に過ごせたが、二年目になり学園で事件が続発。周囲からの無茶な期待に応える——いや見栄を張りつつ誤魔化すため、翔は、ある手法を編み出す。この手法が名探偵小説として個性満点なので是非読んで確認して欲しい。しかも連作通した仕掛けも強烈。特殊設定ミステリ&コメディの精髄がここにある。

杉江松恋の一冊:潮谷験『名探偵再び』(講談社)

 かつて存在した高校生名探偵・時夜遊は、複数事件の黒幕であった巨悪と相討ちになって滝壺に姿を消した。巨悪のイニシャルがМで、地名は雷辺(らいへん)って。えっ、アレのパロディなの。遊を親戚に持つ時夜翔が彼女ゆかりの学園に入ってくることから物語は始まる。学園内の謎を扱う連作形式なのだが、探偵の推理というか事件解決の仕方が独特であまり類例のないものなのである。省エネ型のキャラクター設定が物語形式と上手く?み合って素晴らしい個性を発揮している。振り撒かれた伏線が綺麗に回収される大団円の快感もまた見事だ。

 今月も大ベテラン以外は比較的若手の作品が並ぶラインアップとなりました。勢いのある新人がどんどん出てきていて、頼もしいですね。本格ミステリ大賞・日本推理作家協会賞も5月には決定します。話題盛りだくさんで実に楽しみです。

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