【連載】嵯峨景子のライト文芸新刊レビュー 転生者の姉が主役の悪役令嬢ものや三十路魔法少女ものなど斬新な視点の新作続々

嵯峨景子レビュー 三十路魔法少女もの他

 『少女小説を知るための100冊』や『少女小説とSF』などの著作で知られる書評家の嵯峨景子が、近作の中から今読むべき注目のライト文芸をピックアップしてご紹介する連載企画。今月は転生者の姉が主役の悪役令嬢ものや三十路魔法少女ものなど、5タイトルをセレクト。

悠井すみれ『煌めく宝珠は後宮に舞う』(角川文庫)

 有名な役者を父にもつ少女・燦珠(さんじゅ)は、芝居が大好きで国一番の娘役になることを夢みている。しかしながらこの国では華劇は女人禁制で、女は舞台に立つことが許されていなかった。ある日、燦珠に思いがけないチャンスが舞い込んだ。美貌の宦官・霜烈(そうれつ)が彼女の才に目をつけて、後宮の中で活動する女だけの劇団・秘華園に勧誘する。燦珠は喜ぶが、即位したばかりの今上帝・翔雲(しょううん)は芝居嫌いで知られており、歴代の皇帝が溺れて政務を放棄する原因となった秘華園や華劇を廃そうとしているのだった。燦珠は秘華園に足を踏み入れ、翔雲の寵姫・香雪(こうせつ)のお抱え役者の選抜試験に挑むが……。

 演劇が寵愛争いの道具とされている後宮の中で、燦珠はまばゆい才能と芝居を愛する心を武器に、新人役者として頭角を現していく。詳細に描きこまれた芝居や演技にまつわる描写や、燦珠と霜烈らの戯迷(芝居オタク)ぶりは本作の魅力の一つだ。後宮ものらしい陰謀も展開し、国を揺り動かす大事件が起きるなか、役者たちも舞台の上と下で奮闘する。国を立て直そうとする真面目な皇帝と、天子様に自分の芸を認めさせたいという野望を秘めた燦珠、そして芝居に造詣が深い謎めいた宦官と、華やかな後宮を舞台にそれぞれの思惑が交錯する。ライト文芸でも人気ジャンルの後宮ものに芝居の要素をかけ合わせた本作は、演劇小説としての側面も備えた、個性の光る作品だ。

かみはら『“悪女”の妹が、前世なんて呪いを抱えてた1 ―『死』のシナリオから逃れるために―』(早川書房)

『転生令嬢と数奇な人生を』がヒット中の著者が手掛ける、待望の新シリーズ。

 早くに親を亡くした下級騎士のベルベットは、一人で弟妹たち四人を養うため、働き詰めの貧しい暮らしを送っている。ベルベットにはグロリアという妹がいるが、彼女は10年前に侯爵家の養子になった。平民と貴族では住む世界が異なり、ベルベットは妹とは交流せずに遠くからそっと見守り続けているのである。

 その後グロリアは第二王子・スティーグの婚約者になるが、公衆の面前で婚約破棄されてしまう。けれどもなぜか妹は計画通りだといわんばかりに堂々とふるまい、喜んで実家に帰ってくるのだった。そんなグロリアを連れ戻そうと、第一王子・エドヴァルドや宮廷魔道士、近衛騎士隊長らが家に押しかける。ベルベットは否応なく貴族たちの揉め事に巻き込まれていくのであった。

 グロリアがたびたび「シナリオが」と口にするように、彼女は転生者で前世の記憶をもつ。ゲーム世界に転生した悪役令嬢を主人公にするのではなく、彼女のそばにいるメタ視点を全く持たない人物を主役に据えているのが本作の大きな特徴だ。ベルベットとグロリアという強い絆で結ばれた姉妹が、今後どのようなトラブルに巻き込まれ、どのようにシナリオという運命に抗うのか。転生者ではない立場をメインに描くからこその新鮮な景色を楽しみながら、魅力的なキャラクターたちが繰り広げる今後の展開に期待したい。

奥乃桜子『神石ノ記』(角川文庫)

 テレビドラマ化された『それってパクリじゃないですか? ~新米知的財産部員のお仕事~』で知られる著者による、古代和風ファンタジー。

 四方津の都から発した朝廷軍が、帯懸骨の山を越えて神北の地へ侵略を開始した。十三の部族で構成される神北の地で暮らす少女・ナツイは、戦によって故郷と記憶を失った後、隠密集団の〈鷺〉に拾われることになる。しかし、「朝廷を追い払って神北にひとつの王を立てる」という〈鷺〉の理想に共鳴することが出来ないナツイは、集団の中で半端者として扱われていた。

 四年の月日が流れた後、里を滅ぼした鎮守将軍・維明を討つ機会が遂に訪れる。ところが、ナツイが手にする翡翠から放たれた光が大きな地滑りを引き起こし、復讐は思いがけない結末を迎えることになった。地滑りに巻き込まれて気を失ったナツイは、生き残っていた敵兵の青年・犀利(さいり)に助けられ、彼を〈鷺〉に連れ帰る。やがて犀利はナツイに好意を示し、二人は恋仲になるが……。

 神北と朝廷をめぐる争いの中で、半端者であるナツイは葛藤を続けながらも、〈鷺〉の一員として生きようと足掻く。しかし、これまで信じていたものが崩れさった時、彼女は過酷な決断を迫られることになる。不可思議な力を秘めた神石のファンタジックな設定と、自らの信念を曲げずに生き延びようとするナツイの強い姿が心を揺さぶる物語だ。

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