「2024年時代小説BEST5」麦倉正樹 編 今村翔吾の「石田三成三部作」から「化政文化」描く作品まで
『きらん風月』と『秘色の契り』は、奇しくも同時代――江戸後期に活躍した戯作者「栗杖亭鬼卵(1744年‐1823年)」と、阿波徳島藩の藩政改革に乗り出した「蜂須賀重喜(1738年‐1801年)」という、あまり知られてはいない実在の人物を中心として描かれた物語だ。その作品以上に、東西の文人墨客を繋ぐ「ハブ」のような人物として、独特な存在感を示したという鬼卵。晩年の鬼卵と、彼が信奉する「文化」の弾圧者であった、同じく晩年の「松平定信(1759年‐1829年)」が、偶然出会うことから始まる本作は、江戸時代の後期に花開いた町人文化――浮世絵や滑稽本、歌舞伎、川柳など、のちに「化政文化」と称される文化の内実を立体的に描き出してゆくのだった。
その一方で、出羽秋田新田藩藩主の四男として生まれながら、生地から遥か遠い阿波徳島藩の藩主(蜂須賀家の末期養子)として迎え入れられ、本来であれば形だけの存在であったものの、若き家臣団の熱意に応えて、やがて藩政改革に乗り出すことになった蜂須賀重喜。既得権益を持った老中たちや、家の存続に固執する人々、さらには徳島の名産である「藍」を狙う大阪商人など、さまざまな抵抗勢力の前で、重喜はどんな策を講じるのだろうか。ちなみに、表題にある「秘色(ひそく)」とは、40種類以上もある「藍」の色のひとつなのだとか。「秘色に染めた品を友と共有すれば、互いの願いが叶う」。型破りな藩主と若き家臣団のエモーショナルな青春物語としても読める一冊だ。その結末は、必ずしも甘くないことも含めて。
結果的に『五葉のまつり』以外は、すべて江戸時代(1603年‐1868年)の中期から後期を舞台とする物語になった(『惣十郎浮世捕物帳』の主人公は架空の人物だが、天保期(1831年‐1845年)の江戸を舞台としている)けれど、来年の大河ドラマ『べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~』の主人公が「蔦谷重三郎(1750年‐1797年)」であるということもあり、それぞれの小説を参照しながら、移りゆく時代の流れや人々の暮らし、実在する人物たちの動向、あるいは政治、さらには徐々に勃興してゆく「大衆文化」をマッピングしてみるのも、なかなか楽しいかもしれない。それもまた、歴史小説を読む醍醐味のひとつなのだ。