ファンタジア、電撃小説、スニーカー……老舗ラノベ新人賞〈大賞〉受賞作がそろい踏み 各賞の傾向は?
ファンタジア大賞、電撃小説大賞、スニーカー大賞はいずれも四半世紀超の歴史を誇るライトノベルの新人賞。『スパイ教室』『涼宮ハルヒの憂鬱』『ブギーポップは笑わない』といったヒット作を送り出し、人気作家を生み出してきた。この3つの賞でそれぞれに〈大賞〉を獲得した作品が2月に続けて刊行。その内容からは各賞を運営するファンタジア文庫、スニーカー文庫、電撃文庫といったレーベルが目指しているところや、今のラノベ読者を引きつけそうな要素が見えてくる。
2月1日に第28回スニーカー大賞〈大賞〉受賞作として凪『人類すべて俺の敵』(スニーカー文庫)が刊行され、2月10日に第30回電撃小説大賞〈大賞〉受賞作の夢見夕利『魔女に首輪は付けられない』(電撃文庫)が登場。2月20日に第36回ファンタジア大賞〈大賞〉受賞作として零余子『夏目漱石ファンタジア』(ファンタジア文庫)が発売となって、書店のラノベコーナーに新刊として〈大賞〉作品が同時に並ぶ。
電撃の〈大賞〉作品刊行は2月が恒例。これに昨年4月には受賞が決まっていたスニーカーの〈大賞〉作品刊行が追いつき、1月刊行が多かったファンタジア〈大賞〉作品の刊行が2月にずれ込んだことで同じ月の刊行が実現したようだ。ファンタジアの場合はあまりに突拍子もない内容の精査に時間がかかって、1ヶ月遅れたのかもしれない。
ファンタジア大賞は次の流行を生み出す
何しろファンタジアで〈大賞〉を受賞した『夏目漱石ファンタジア』は、タイトルにあるように主人公は夏目漱石だが、人気作家として名を馳せ、政府に反抗する組織のリーダーとなったという設定。伊豆の旅館に潜伏していた所を爆殺され、婚約者だったこともあった女性作家、樋口一葉の体に脳だけ移植されてしまう。蘇った夏目漱石は、神田女学院の教師をしながら正岡子規ら文豪たちの脳を奪って回る殺人鬼「ブレインイーター」を追うことになる。1896年(明治29年)に24才で病死した樋口一葉だったが、肉体は星製薬を創業する実業家で、SF作家の星新一の父親でもある星一の助けで冷凍保存されていた。漱石が爆殺されて脳を移植されたのは1910年。手術を指揮したのは軍医でもあった森鴎外で、執刀したのはアメリカから呼び戻した野口英世といった具合に実在の偉人が続々と登場する。文豪たちの名前は受け継いでいるが、作品性を元にキャラクター化されている『文豪ストレイドッグス』の登場人物たちとは違う設定だ。
史実がベースにあるだけに、虚構をふくらませて面白くするにしても史実を大きく踏み外すことはできない。そこで近代文学とライトノベルに通じた成蹊大学の大橋崇行准教授に監修を仰いだ。こうした検討の成果として、文豪や偉人たちのいかにもな言動とふるまいが、驚きの展開をもたらす空前のストーリーを持った作品に仕上がった。
第1回ファンタジア大賞で神坂一『スレイヤーズ!』を準入選作として輩出し、五代ゆう『はじまりの骨の物語』など硬軟混ざったファンタジー作品を送り出してきたファンタジア大賞だが、第35回でははやりのVTuberをテーマにした朝依しると『VTuberのエンディング、買い取ります。』が〈大賞〉を獲得した。第32回の竹町『スパイ教室』は、美少女たちによる諜報戦というジャンルの興隆を、アニメ『プリンセス・プリンシパル』などと共に支えている。時代を捉えて次の流行を生み出すスタンスが今のファンタジア文庫であり、ファンタジア大賞にはあるのかもしれない。
尖った作品にスポットを当て続ける電撃小説大賞
『ソードアート・オンライン』の川原礫を『アクセル・ワールド』でまず世に送り出し、アニメ化が発表された菊石まれほ『ユア・フォルマ』や、人気シリーズとなりアニメ化もされた安里アサト『86-エイティ・シックス-』といったヒット作を最近も続々と出している電撃小説大賞。ハードであったりエッジが立っていたりする作品が並ぶ印象は、第30回の〈大賞〉受賞作となった『魔女に首輪は付けられない』でも踏襲されている。貴族階級が独占していた魔法が大衆化したことで犯罪が急増。魔術犯罪捜査局が設立されて取り締まりに当たっていた。ローグ捜査官もそのひとりだったが、上司の命令で〈第六分署〉に送り込まれ、そこで災害級の損害をもたらしかねない異能力を持った〈魔女〉たちを使い、人から命を吸い取って老衰死させる〈奪命者〉を捕らえる任に就く。〈魔女〉たちは気に入らない上司を自殺に追い込むような厄介者たちばかり。それでもローグは〈人形鬼〉と呼ばれるミゼリアをはじめとした〈魔女〉たちをどうにか動かし、〈奪命者〉に迫っていく。
人間を害するようなら命を奪う〈首輪〉をはめられていても自由気ままな〈魔女〉たちのキャラクター性にまず惹かれ、それぞれが異なる能力を持った〈魔女〉たちのサポートも受けてローグが挑む事件の真相というミステリ的な展開に興味を誘われる。裏切りがあり逆転もあった先に感慨深いクライマックスが待っているストーリーも奥深い。
振り返れば、第28回の〈大賞〉受賞作となった白金透『姫騎士様のヒモ』も意外な設定が明らかにされ、タイトルにかけられた二重の含意が分かって驚かされた作品だった。第27回で〈大賞〉の『ユア・フォルマ』は、女性刑事と人間そっくりのロボット補助官がバディとなって電脳犯罪に挑むSF設定のミステリとして評判を呼んだ。転生からの大活躍なりラブコメなりが賑わうラノベの界隈で、尖った作品にスポットを当て続けるスタンスが残ったレーベルだ。