「マンガ大賞2025」は『ありす、宇宙までも』に決定! 売野機子はキャリア16年で初の栄光

誰かに勧めたい漫画を、書店員をはじめとした漫画好きが投票して選ぶ「マンガ大賞2025」が3月27日に発表となり、売野機子が「週刊ビッグコミックスピリッツ」に連載している『ありす、宇宙までも』(小学館)が102ポイントを獲得して受賞した。2位は79ポイントで鍋倉夫『路傍のフジイ』(小学館)、3位は75ポイントでクワハリ原作、出内テツオ漫画の『ふつうの軽音部』(集英社)が続いた。
「マンガ大賞が欲しいなと言って始めたところもあるので、取れてめちゃくちゃ嬉しいです」。3月27日に開催されたマンガ大賞2025の授賞式に登壇した売野機子は、そう話して『ありす、宇宙までも』でマンガ大賞を獲得できたことを喜んだ。

将来、日本人女性として初めて宇宙船の船長になる朝日田ありすを主人公にした作品。勉強があまり得意ではなかったありすが、小学校の同級生で勉強の得意な犬星類から、中学進学後に勉強を教わるようになって、自分の夢に向かい進んでいくストーリーが繰り広げられる。「女の子と男の子が勉強をして困難に打ち勝つというテーマがあって、そこに大きな目標を作って欲しいと言われて」主人公が宇宙飛行士を目指すという要素を取り入れた。
「ありすがいる地点から1番遠い職業を1番大きな目標とするには、宇宙飛行士がうってつけでした」と売野。「バイリンガルが条件という点が、セミリンガルのありすとは対極だったこともあります」。両親が亡くなるまで世界各地を転々とする中で育てられたありすは、どの言語も中途半端なセミリンガルと呼ばれる状況にあって、それが原因で勉強に遅れが出ていた。犬星はそんなありすの事情を知り、自分が導くことでありすが目標として打ち立てた宇宙飛行士になるという夢を叶えようとする。
勉強はできなくても愛らしくて人気者だったありすと、勉強ができて知識も豊富だからか他人の夢に現実的なコメントを放って壊す「ドリーム・クラッシャー」と言われていた犬星という、正反対に見えるふたりがそこから懸命に努力して宇宙に近づいていく展開が読みどころ。ありすが宇宙飛行士選抜試験ワークショップに挑戦して、次々と訪れるトラブルにどう対処するのかを追っていく中で、宇宙飛行士になるために必要な資質を知ることができる。
同時に、犬星がありすに課すさまざまな勉強法が、はた目にはあまり勉強ができないと思われがちな子供でも、やり方次第で学力を伸ばせるのだということに気付かされる。「子供は、自分の力で未来を変えることができる」と言う犬星の言葉は、境遇に責任を転嫁しないで自分自身で挑む大切さを諭してくれる。宇宙飛行士になるための知識から勉強法、生き方の指針まで、さまざまなことを得られる漫画だ。

漫画で描かれる宇宙や宇宙飛行士についての描写は、「宇宙開発関係者の皆さんに本当に協力していただいています」と売野。JAXA(宇宙航空研究開発機構)で働いている人や以前に働いていた人に取材をして、「心が洗われる思い」を抱いたそうだ。「宇宙関係の方は心が美しくて、話しているうちに世界をどのようにして良くしていこうかという話しになって胸を打たれます」。宇宙飛行士の山崎直子にも会って話を聞いたそうで、そうした取材の成果が今後の展開の中で描かれていきそうだ。
2009年に『薔薇だって書けるよ』や『日曜日に自殺』といった作品を「楽園」(白泉社)に掲載してデビューしてから16年となる売野。知る人ぞ知る漫画家として根強いファンを得ていたが、「いろいろな編集者の方に、そろそろ売れないとヤバいと言われ、売れなくてはいけないと思って」テーマを探したり、描き方を変えたりしてきた。大きな目標に向かって進むストーリーを探したのもそうした取り組みのひとつ。なるべくモノローグを使わずストーリーを進める方法も考えいろいろと試していった結果、メジャーな漫画誌に連載の作品でマンガ大賞を受賞するに至った。
『ありす、宇宙までも』で勉強を描いているのは、勉強を頑張ることで「遠いところに行けるから」だと売野。メジャーで通用する漫画とは何かを探り、どのようなテーマが支持を得られるのかを考え取り組んだ結果として栄冠を掴んだことも、勉強が遠いところへと連れて行ってくれる現れと言えそうだ。