連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2023年10月のベスト国内ミステリ小説

2023年10月のベスト国内ミステリ小説

橋本輝幸の一冊:佐藤究『幽玄F』(河出書房新社)

 研ぎ澄まされた小説だ。題名すら無駄もわかりやすさも捨て去っている。本書は三島由紀夫作品を参照した冒険小説で、主人公は戦闘機に偏執的な愛着を持つ。舞台は現代から近未来。彼の人生には仏教や蛇の幻影がついて回る。ひとたび引きこまれれば読者はその運命から目を離せないだろう。

 戦闘機にのみ注がれる主人公の情熱は、異質で硬質で格好いい。ただし「死の享楽や美を持たせない」(作者インタビューより)ように、国家やメカへの安易な賛美に繋げないように語りやキャラクター造型は抑制され、隔離されている。

酒井貞道の一冊:月村了衛『半暮刻』(双葉社)

 二人の主人公の対照が実に鮮烈である。半ぐれ時代に叩き込まれた上昇志向を、やがて一人目の主人公・翔太は拒み、二人目の主人公・海斗は内面化してしまう。翔太は出自が貧しく、学もなく、運も要領も悪く、落魄して生きづらい人生を歩む。ただし読書――功利的な理由のない、ただ読みたいから読むだけの読書――が彼の救いとなる。一方、何不自由なく育った海斗は、上昇志向どころか選民思想に蝕まれ、電通を思わせる広告代理店で、人を人とも思わずエリート街道を驀進する。海斗が翔太の成熟に全く気付かない幕切れは、ほぼホラー。

杉江松恋の一冊:黒川博行『悪逆』(朝日新聞出版)

 捜査する刑事側の視点と犯人のそれとが並行して進行していく。犯人側の記述を読んで、一気に興奮が高まった。食べたものやしたことを淡々と述べて人物像を浮かび上がらせていく技法、これって大藪春彦『蘇る金狼』なんじゃないのか。犯人は汚い手段で金を貯めた人間を次々に襲撃し、命を奪っていく。描かれているのは悪事なのに、どうしてもそこに爽快感を覚えてしまう。そして彼を追う大阪の刑事たちの人間味溢れる会話の和むことよ。硬と軟、非日常と日常の対比が効いた見事な犯罪小説である。最後の数ページまで弛む箇所は一つもなし。

※藤田香織さんは都合によりお休みです。

 二つの作品に人気が集まりました。謎解き小説よりも犯罪小説やスリラーが目立った十月だったと言えそうです。これから年末に向けてどのような秀作が刊行されますことか。次回もどうぞお楽しみに。

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