傑作ミステリの条件とは? 杉江松恋 × 千街晶之 × 若林踏『本当に面白いミステリ・ガイド』鼎談

杉江×千街×若林、ミステリ鼎談

 リアルサウンドブック「道玄坂上ミステリ監視塔」を執筆する杉江松恋氏、千街晶之氏、若林踏氏らによる新刊『十四人の識者が選ぶ 本当に面白いミステリ・ガイド』(Pヴァイン/ele-king books)が刊行された。そのタイトルの通り、杉江氏が監修となって、国内外のミステリ作家を厳選して紹介している。執筆者として参加した千街氏と若林氏も、その選定にも関わったとのこと。 

『十四人の識者が選ぶ 本当に面白いミステリ・ガイド』(Pヴァイン/ele-king books)

 掲載されているのは、ミステリに馴染みのない人でも「とりあえずこれだけは読んでほしい新旧の40人」。現代ミステリの土台となっている古典作家と、これからのミステリ界を担う新鋭作家をそれぞれ20人紹介している。さらには「古典」と「現在」のあいだの歴史を伝えるコラム、『われら闇より天を見る』で22年の国内ミステリベスト3冠を獲得した英国の新鋭クリス・ウィタカーと、〈機龍警察〉シリーズや直木賞候補作『香港警察東京分室』で知られる月村了衛のインタビューも掲載された。 

 今回、リアルサウンドブックでは杉江氏、千街氏、若林氏に本書の内容を存分に語ってもらう座談会を実施した。どのような作家が選ばれたのか。そして刊行した今、改めて見えてきた傑作ミステリの条件とは。お三方に話を聞いた。(篠原諄也) 

紹介する作家はどのように選んだ?

ーー本書では古典作家(クラシック)と新鋭作家(オルタナティヴ)をそれぞれ20人ずつ紹介しています。企画の経緯を教えてください。 

杉江:Pヴァインの担当編集者と知り合いだったんですが、彼からミステリのブックガイドを刊行したいという相談を受けました。同社の『韓国文学ガイドブック』が好評だったそうで、同様に『英国ミステリガイド』を作りたいということでした。でもそれでは訴求力がないかと思って、国は絞らないことにしました。 

 僕も千街さんもミステリガイドは作ったことがあるので、今回はもう少し別の選び方をしようと考えました。そこで思ったのは、ミステリを通史で紹介すると、浅く・広くになってしまって、初心者の人にはわかりづらいかもしれないということでした。あえて古典作家と新鋭作家の二つに絞るほうが、逆に親切なんじゃないかと思ったんです。 

千街:最初はそう聞いて驚きましたが、そのあいだについてはコラムで補う構成にすると聞いて、納得しました。そしていざどの作家を取り上げるかを考えるのには結構苦労しましたね。 

杉江:いくつかの候補から絞り込むのは大変でした。フランスではミシェル・ビュッシとギヨーム・ミュッソのどちらにするかなど。あとミステリが盛んな北欧は誰にするかも話し合いましたね。 

若林:翻訳書は原書の刊行年とタイムラグがある場合も多いため、日本では「つい最近、注目を集め始めたな」と思う作家でも、実は本国では既にキャリアの長い作家だったりすることもあるんですよね。例えばノルウェーの作家であるジョー・ネスボの〈刑事ハリー・ホーレ〉シリーズは、日本では主に2010年代に邦訳が進んだ印象がありますが、実際にネスボが北欧圏でデビューしたのは1997年だったりします。その点も考慮に入れると、選定するのはちょっと難しくなる。

ーーそうしたなかで最終的にはどのような作家が選ばれましたか? 

杉江:オルタナティヴはこれからもずっと読み続けることができるであろう作家を選ぶようにしました。もう代表作を書いてしまったような作家ではなく、まだ著作数は少ないとしても、今後の作品が楽しみな作家ですね。 

 クラシックについては、歴史的な価値があるだけで取り上げてしまっては、お勉強読書になってしまう。せっかくお金を出して買ってもらうのだから、今読んでも面白い作品を選ぶように心がけました。 

横溝正史『八つ墓村』(角川文庫)

千街:作家の紹介では代表作1冊を取り上げて、それを中心に書いてほしいと依頼がありました。例えば、私は横溝正史で『八つ墓村』を選びました。おそらくミステリとしての最高傑作は『獄門島』になると思います。横溝正史は切り口がたくさんあって、書こうと思えば何十枚でも書ける作家なんですが、これから初めて読む人にはどれが良いかを考えました。そこでふと思い浮かんだのが、丸善ジュンク堂書店限定で杉本一文の表紙で復刻された『八つ墓村』に、作家の辻村深月さんが寄せた帯の推薦文です。「皆様、心してください。これが”本家”の凄さです。」と書かれていて、「これだ、本家という切り口だ!」と思いました。 

 新本格をはじめとしたミステリ小説、さらには漫画でもドラマでも、横溝作品のパロディやオマージュはたくさんあります。漫画では『金田一少年の事件簿』や『ミステリと言う勿れ』にパロディがありますし、テレビドラマでは仲間由紀恵と阿部寛が出演した『TRICK』にも、いかにも横溝っぽい「六つ墓村」が出てくる。いろんなメディアで横溝パロディやオマージュが溢れかえっていますが、その本家と言える作品が何なのかといえば、やはり村の封建的因習と近代的な合理の相克を描いた『八つ墓村』だろうと。辻村さんの推薦文にヒントを得て、書くことができました。 

G・K・チェスタトン『ブラウン神父の童心』(創元推理文庫)

若林:僕が書いたチェスタトンは、常識外れに見える極論が実は物事の真理をついているという、逆説の技法を謎解きに持ち込んだことで知られています。それは当然正しいのですが、他の観点でもチェスタトンの功績はあると思っています。

 その一つが「作中で一体何が起こっているか」という謎を提示すること。この謎の形式をチェスタトンは好んで用いたのですが、これ受け継いでいる作家の一人に2013年にデビューし2021年には『蟬かえる』で日本推理作家協会賞と本格ミステリ大賞を受賞した櫻田智也さんがいます。魞沢泉という昆虫好きのとぼけた青年を探偵役に据えたシリーズを書いているのですが、これもチェスタトンの創造した名探偵ブラウン神父の面影があります。ですからチェスタトンの紹介では櫻田作品についても言及しています。古典作家の項目を書く場合でも、現代作家とのつながりがきちんと分かるような書き方を心がけました。

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