塩田武士、傑作『罪の声』に続くミステリー大作の仕上がりは? 「二児同時誘拐」の真相に至る『存在のすべてを』
塩田武士は多彩な作家である。第五回小説現代長編新人賞を受賞したデビュー作『盤上のアルファ』は、プロ棋士を目指す三十三歳の男と、その周囲の人々を熱く描いた将棋小説だった。以後、『女神のタクト』でオーケストラ、『ともにがんばりましょう』で労働組合、『拳に聞け!』でボクシング、『デルタの羊』でアニメ業界と、さまざまな題材に挑み、読みごたえのあるエンターテインメント・ノベルに仕立てているのだ。
それにもかかわらず、つい作者をミステリー作家だと思ってしまう。何冊かのミステリーがあるし、なによりも2016年に刊行した『罪の声』の印象が強烈だからだ。グリコ・森永事件をモデルにした「ギン萬事件」の真相を追う物語は、設定の妙と圧倒的なドラマで大きな話題となり、第七回山田風太郎賞を受賞したのである。この作品を読んでしまうと、作者がミステリー作家としか思えなくなる傑作なのだ。その塩田武士が、新たなミステリー『存在のすべてを』(朝日新聞出版)を上梓した。大いに期待せずにはいられないではないか!
平成三年、奇妙な誘拐事件が発生した。前代未聞の〝二児同時誘拐〟である。ひとりの児童はすぐに発見された。しかしもうひとりの四歳児・内藤亮は、警察の必死の捜査にもかかわらず、行方も生死も分からないままになった。犯人も捕まらず事件は迷宮入り。ところがそれから三年後の平成六年、祖父母の家に亮が現れる。空白の三年間に何があったのか。なぜか亮は説明しようとしない。
という序章を経て、物語は令和三年に飛ぶ。大日新聞宇都宮支局長の門田次郎は、元神奈川県警の刑事だった中澤洋一の通夜に赴いた。門田が横浜支局の二年生記者だったときに起きた、二児同時誘拐事件の取材で知り合い、記者と刑事として付き合ってきた相手だ。ちなみに中澤が門田を受け入れた切っかけが、互いにガンプラが好きだと分かったからというのが、実に今風である。そのことも含めて門田は、いろいろなことを思い出す。
さらに通夜の帰り道で、中澤の部下だった刑事に声をかかけられる。刑事が見せた写真週刊誌には、成長した亮が如月脩という人気の写実画家になっていることが暴露されていた。これにより再び事件のことが気になった門田は、独自に調査を始める。
以後、東奔西走する門田が、じりじりと真相に迫っていく様子が、ガッチリとした筆致で綴られていく。やがて野本貴彦という写実画家の姿が浮かび上がってくるが、事件とどのような関係にあるのか。写実画を手掛かりにした、門田の調査にワクワクさせられるのだ。
その一方で、土屋里穂という女性の人生が何度か挿入される。画商の娘である里穂は、写生をしていた少年の亮と知り合う。同じ高校の同級生だと判明し、淡い恋心を抱くようになる。しかし亮は高校卒業と共に消えた。里穂は百貨店の美術画廊勤務を経て父親の画廊を手伝うようになり、ようやく独り立ちしようとしているところだ。彼女のパートがあることで、新たな亮の姿が彫り込まれ、物語に厚みが加わっている。