書評家・千街晶之が読む「黒猫ミステリー賞」受賞の話題作『ミナヅキトウカの思考実験』 本格ミステリ×ホラーのスリリングな魅力

佐月実『ミナヅキトウカの思考実験』が話題

  ミステリー小説の新人賞といえば、最も長い歴史を持つ江戸川乱歩賞、横溝正史ミステリ大賞(旧・横溝正史賞)と日本ホラー小説大賞が統合されて新たに発足した横溝正史ミステリ&ホラー大賞、本格ミステリに特化した鮎川哲也賞、大賞・優秀賞以外に編集部が選んだ「隠し玉」枠でデビューの可能性がある『このミステリーがすごい!』大賞……等々、数多い賞が林立している状態だが、「黒猫ミステリー賞」とは初耳だというひとが多いだろう。

 「旅と暮らし」をテーマにした書籍を中心に刊行し、新人発掘を目的とした文学賞への取り組みに意欲的な産業編集センター主催の賞で、審査員は同社編集部が務めているようだ。

  その第1回受賞作となったのが、今年9月に刊行された佐月実『ミナヅキトウカの思考実験』である。語り手の神前裕人は、大学に入って数日で怪事件の目撃者となってしまう。夜道ですれ違った女性が、いきなり炎に包まれて焼死したのだ。

  スーパーナチュラルな領域に興味がある読者なら、これが「人体自然発火現象」と呼ばれるものであることはご存じだろう。文字通り人体から発火してその人間を焼死に至らしめる現象のことであり、過去に幾つかの例が報告されているが、その原因は諸説あってはっきりしない。ミステリーの世界でもこの現象を扱った作品として、東野圭吾・神永学・知念実希人らの小説や、『キイナ〜不可能犯罪捜査官〜』『科捜研の女2022』などのドラマに先例がある。題材として好まれるのは、派手さといい不可解さといい、冒頭で提示される謎として読者・視聴者の心をつかみやすいからに違いない。

  唯一の目撃者である裕人は警察によって被疑者扱いされたが、その際、宗方という警察官から、ミナヅキトウカなる人物に会えば知恵を貸してくれるかも……というアドバイスを受ける。それに従って、大学内に「怪異研究会」という得体の知れない部屋を構えるトウカ(後に水無月透華という字であることが明らかになる)を訪れたところ、相手はいきなり、道成寺で安珍を焼き殺した清姫が今回の事件の犯人だという途方もないことを言い出すのだった……。

  裕人は当然、呆れて帰ってしまうのだが、透華は別にふざけているわけでもなければ、オカルトによって思考が曇っているわけでもない。実は彼女は、あるきっかけで超自然的な怪異の存在を信じるようになったが、そのせいで粗末な怪異を受け入れられず、どこかに穴があると、怪異を騙った何者かの存在を炙り出さないと満足できない人物なのだ。「怪異の存在を信じるあまり、怪異の存在を否定する」……そんな透華の探偵役としての特異な信念は、道尾秀介の『背の眼』などに登場する亡妻に会うために霊現象探求所を構えている真備庄介や、井上真偽の『その可能性はすでに考えた』などに登場する奇蹟の存在を証明するため合理的な仮説を否定しようとする上苙丞……といった、怪異の実在に関して独自の立場をとる名探偵たちを想起させる。このエキセントリックな名探偵のキャラクター造型が読者を引き込む役割を果たしている。

  さて、既に述べたように人体自然発火現象はミステリーの世界で幾度も扱われてきた謎だが、本書はそこに新たな魅力的解決を生み出している。透華は、人体自然発火現象に関する現実的な仮説を優先的に検討するという、思いがけず論理的な手法で謎を解いてゆく。戯言としか聞こえなかった清姫云々にしても、事件関係者の心理を想像する思考実験として合理的な着地を見せるのだ。本書の面白さが、あくまでも本格ミステリとしての理詰めの決着にあることがこの第1話で窺えるようになっている。

  のみならず第2話以降も、「火葬直前の棺桶から物音がしたため開けてみると別人の遺体が出てきた」「人間の死を予言するAI」などの摩訶不思議な謎が提示され、それを透華と、彼女にとってのワトソン役となった裕人のコンビがいかに解き明かしてゆくかが主眼となっている。ただし、合理性を重んじる本格ミステリでありながら、探偵役が怪異を信じているため、いつ本格ミステリがオカルトホラーに転じるか予測できないというスリリングさもある。新設されたミステリー新人賞の第1回受賞作としては上々の、魅力的な作品と言えるだろう。

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