速水健朗のこれはニュースではない:共感から反感へ、そしてデスゲームの時代

共感から反感へ、そしてデスゲームの時代

 ライター・編集者の速水健朗が時事ネタ、本、映画、音楽について語る人気ポッドキャスト番組『速水健朗のこれはニュースではない』との連動企画として最新回の話題をコラムとしてお届け。

 第20回は、トランプ次期米大統領が設置を決めた新組織「政府効率化省」のトップに就く実業家のイーロン・マスクについて。

『速水健朗のこれはニュースではない』ポッドキャストはこちら

国全体を「イカゲーム」に放り込むようなもの

 「政府効率化省」のトップに就任したマスクは、一体何をやるのだろう。ちなみにマスクの経営の本質は、コストカットではない。事業目標の数値を無理なラインに打ち立て、プロジェクト全体を追い詰め抜いた末に達成させるというもの。彼がこのやり方を踏襲する理由を3つの側面から考えてみる。

 1つは、人もチームも追い詰められたところでしか成長できないという考えゆえ。優秀な人材でも、難易度の低い仕事ばかり向き合っていれば能力も下がっていく。2つ目は、加速度的に進むテック業界では、無理な数値でも予測不能な技術革新が登場して届いてしまうからという理由。その経験則ゆえ目標をとんでもないところに置くということ。

 理由の3つ目は、マスク自身の性癖の問題だ。崖っぷちの環境でなければ「生きている実感」が持てない。回りからはぎりぎりの綱渡りに見えても、マスクにとってはあくびが出るほど退屈な環境に見えている。中本の蒙古タンメンでしかラーメンを味わえなくなっている人と似ている。

 彼に似た人物が思い当たる。第二次世界大戦時の海軍の将軍で、B-29の開発を指示したカーティス・ルメイ。彼は、将軍だから本部で構えていればいいのに、いつも自ら爆撃機の先頭機体に率先して乗り込んで、敵地に向かって飛んでいった。士気を高めるためか、危険が好きだったのか。その両方なのだろう。マスクも同じ。率先して前線に飛び込んで行き、主に混乱を巻き起こそうとする。

 そんな彼が、政府の重要な任務に就くというのは、国全体を「イカゲーム」に放り込むようなもの。突然鳴り響くファンファーレで目を覚ますと、いつの間にか番号の付いたジャージを着せられている。運営側からルールが発表される。デスゲームの始まり。

共感能力のないシリコンバレーの起業家たち

 イーロン・マスクの世代以降のシリコンバレーの起業家たちは「自閉症傾向」を持っている割合が高いという。今年、作家のマイケル・ルイスがサム・バンクマン=フリード(20代ビリオネアになり、のちに金融詐欺で懲役25年を言い渡された人物)を題材にした『1兆円を盗んだ男 仮想通貨帝国FTXの崩壊』の日本語版が刊行された。本の中で自閉スペクトラム症の傾向を踏まえた彼の子ども時代に触れられる。サムは家族旅行にも興味を持てない子どもだった。そして、自分の誕生日にも興味を示さなかった。なかなかの共感能力のなさだなと思うが、実は僕にも似た傾向があるので共感する(共感力が低いタイプとはいえ)。誕生日も所詮は365分の1日に過ぎない。記念日も覚えていないタイプ。

 橘玲の『テクノ・リバタリアン 世界を変える唯一の思想』の中では、サイモン・バロン=コーエンが提唱する自閉スペクトラム症における2種類の脳の発達の話が取り上げられている。複雑な計算やコンピューターのプログラミングなどを得意とするタイプの「システム化」脳と、人の感情の機微を感じ取ることができる「共感」脳。自閉スペクトラム症はそのどちらかが極端に発達する。両能力は並立しないという。「システム化」脳タイプは、「共感」脳的な性質に欠けてくる。感情の機微を感じ取ることが苦手、人付き合いそのものへの関心も低い。誰かを推すような感情にも興味がない。

 マスクは、トランプに共感したのではなく、リスクをとってトランプに賭けた。そもそも政治への関心は低いし、人付き合いも苦手、すぐに反感を買うタイプなので、自身が政治家になるというのは難しいだろう。ただ選挙戦をパズルのように楽しんでいる可能性は高い。そして、毎日ゴルフばかりするトランプの生活には付き合いきれず、すぐに飽きてどこかに行ってしまう可能性もある。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「連載」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる