雛倉さりえ × 小川紗良『アイリス』対談 「道半ばで折り返した人たちに届くものがたくさんある」

雛倉さりえ × 小川紗良『アイリス』対談

雛倉「ずっと描写だけをしていたい」

――お2人とも10代から創作活動をしていますが、新しく作品を作るごとに“過去の自分”が生まれてしまいますよね。創作を続けていく中でブラッシュアップされていく感覚はあるのでしょうか。

雛倉:そうですね。『アイリス』でいうと第1部より第2部の方がシュッとしているなと感じます。5年かけてこの作品を書いたことになりますが、私自身の人生の中でいろいろ考えてきたことが厚みとして作品の中に入っているように思います。

――作品の描写の美しさというのも印象的でした。そこは意識されていましたか。

雛倉:描写フェチかもしれない(笑)。私の中に描写だけしていたいという思いがずっとあって。ストーリーとか登場人物も、本当はいらないぐらいの気持ちなんですよ。果物のこととか、風景のこととか、ずっと描写だけをしていたいですね。

――『アイリス』を読んでいると、作中の映画『アイリス』を観たような気がしてしまうんです。雛倉さんの頭の中ではすでに映画の『アイリス』の映像が出来上がっていて、それを綿密に描写したのかと思っていました。

雛倉:ありがとうございます。書いている時は、作中の『アイリス』のことは何も考えていませんでした。ストーリーなどもあまり深く考えていなくて。ですが漆谷にとって2作目になる『海を配る』という作品は、しっかり考えました。『アイリス』の方は、「過去の栄光はあったけれど、その中身自体は強すぎる過去の光で見えなくなっている」ということで、具体的なストーリーはあまり決めずに書いていましたね。

小川「“自由と不自由の矛盾”がすごく面白い」


――作中で『アイリス』、『海を配る』を撮った漆谷と同様に、小川さんも映画監督として活躍していますよね。映画作りをする中で「こういう絵が欲しい」と思ったものを追求するタイプですか?

小川:もちろん事前に思い描いたり、ロケハンをしてイメージを作ったりはしますけれど、結局撮影をするときには役者さんがいて、その日の天候があって、その中で生まれるものが全て。逆に準備したものに囚われすぎないように、その場のベストを探すという方向性の方が強いかもしれません。映画はそれこそ制約が多くて、天気が悪かったり、子役がご機嫌ななめだったりと色々なことがあるんです。だからこそ初めて小説を書いた時には、すごく自由度が高いと感じました。小説の中では、すぐに雨を降らせることもできますしね。ただこの『アイリス』という作品は、小説の中で映画を作っていて、しかも天候が悪くなるハプニングが起きる。“小説で描く映画”という自由な空間の中で、すごく不自由なことが起きていて、しかもそれが作品にいい味を出していくという“自由と不自由の矛盾”がすごく面白いなと思いました。

雛倉:自由も不自由も、小説ならいくらでも作り出せてしまうんです。

小川:『アイリス』の中には「消費する/消費される」というテーマもありますよね。それについても話したいと思っていました。

雛倉:自分自身がこれまで色々な作品を“消費”といいますか、観たり読んだりしてきました。作中でも漆谷に言わせているのですが、「どうして映画を撮るのか」という問いに「観たから、撮るのだ」という漆谷のセリフがあります。私自身も同じように考えていて「読んだから書くのだ」と思っています。今は書く側に回って、このように本を出させていただき自分が消費される側に回る。そうやって自分が舞台の上に立つときもあれば、自分が観客席に座ることも。その繰り返しは死ぬまで変わらないんだろうなと思いますね。

小川:「観たから撮る」と答える漆谷のファンになる人がいるかもしれませんね。

雛倉:私は演じるということについて、すごく興味があるんですよね。それで小川さんにお伺いしたいのですが、演じるときに自意識はあるのでしょうか。あるとしたら、それはどこにありますか。

小川:これを読みながら、自分が今までやってきた俳優業のことを振り返りました。浮遊子がどれだけ演じても浮遊子でしかないといったことが書かれていますが、私もそれは理想的だなと思っていて。今までやってきた作品の中で、自分の芝居を評価していただけたり充実感があったときほど、自分の感覚的には何もやっていなかったりするんですよね。

雛倉:なるほど、面白いですね。

小川:自意識から解放されていればいるほど、いいんだろうなというのは、なんとなく自分の中にもあります。でもその状態に行ける条件は『アイリス』みたいに奇跡的。できるだけその状態にいくというのがプロだとは思っているんですけれどね。

――最後にお2人から、『アイリス』の見どころをお願いします。

小川:この本の主人公は役者として映画界で生きていますが、映画とかお芝居の世界だけでなく、いろいろな夢を持ちながら道半ばで折り返した人たちに届くものがたくさんあると思います。今まさに岐路に立っている方、あるいは岐路で何かを選択して過去を振り返っている方、そういう方に伝わるものがあるんじゃないかと思います。

雛倉:創作をする方、あるいは創作に関わる方。そして読む側、見る側、芸術に関わる全ての方に、手に取っていただきたいです。消費する、消費されるということ自体、それぞれに地獄があるかと思いますが『アイリス』はそうした中での楽しさや、しんどさをできるだけたくさん詰め込んだ作品です。映画、小説、あらゆる媒体に関わる方にぜひ読んでいただきたいです。

■作品情報
『アイリス』
著者:雛倉さりえ
発売:2023年5月19日
価格:1,760円(税込)
出版社:東京創元社
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488028930

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