雛倉さりえ × 小川紗良『アイリス』対談 「道半ばで折り返した人たちに届くものがたくさんある」

雛倉さりえ × 小川紗良『アイリス』対談
雛倉さりえ『アイリス』(東京創元社)

 かつて栄光を見た子役と映画監督の、その後の人生を描いた小説『アイリス』(東京創元社)が発売中だ。本書は、自身も若くして作家デビューを果たした雛倉さりえが筆をとり、好評を博した映画『アイリス』の元子役である瞳介の生々しい胸の内や、漆谷監督が抱える映画への苦悩を繊細な筆致で描く。

 今回はリアルサウンドブックにて著者の雛倉が、俳優や監督など映画界で活躍する小川紗良と対談。共に10代から表現活動をしてきた2人が、表現することについて、過去の作品と自身の関係や、芝居のたどり着く先を赤裸々に語る。(Nana Numoto)

小川「見える世界が変わっていく姿から切実なものを感じました」

小川紗良

――小川さんは『アイリス』の中に、印象的な人物はいましたか。

小川紗良(以下、小川):それぞれのキャラクターに印象的なシーンがありましたね。役者や映画制作が題材になっていましたが、自分も同じ道を通ってきたので刺さる部分がありました。あまりに生々しさを感じたので、思わず雛倉さんに「役者の経験があるんですか」と聞いてしまいました。経験はないとのことで、改めてすごいなと思いましたね。

――役者視点でも共感する部分があったのですね。

小川:まさに、瞳介と浮遊子の関係性の部分がそうでした。子役のときに同じ作品からスタートしたけれど、大人になるにつれてそれぞれの見ている景色が変わるというのは、自分も10代から役者をやってきたのでわかる部分があります。2人の関係性の変化や、見える世界が変わっていく姿から切実なものを感じました。

雛倉さりえ(以下、雛倉):私は役者の経験がないので、これで合っているのかなと心配しながら書いていました。若いときに頂点まで登りつめた後に落ちていく感覚は、私自身の経験を元に書いたところもあります。デビューが18歳のときでしたが、そこで作品を映画化していただいた後、しばらく書けない時期が続いてしまって。

小川:そうだったのですね。『アイリス』を読んでいると、雛倉さんはすごく映画がお好きなんだろうなと感じました。

雛倉:好きですね。

小川:そうですよね。本の中に出てくる作品や監督の名前が、映画好きな人の選ぶものだなと思いました。この中では漆谷監督視点で映画に対する思いが書かれていますけれど、その眼差しは雛倉さん自身の映画に対する眼差しなのかなと思い、ヒリヒリしながら読みました。

雛倉:ありがとうございます。映画が好きで、大学のときに少しだけ勉強しました。大人になってからより多く観るようになりましたね。実は1部と2部では書いた時期が違っており、1部は学生時代に、2部はわりと最近になって書いているんです。2部の方がより映画愛が強く、「映画ってなんだろう」という問いをしっかり考えながら書いています。

雛倉「成長する物語ではなく、自分の中でずっと苦しんでいるような話」

雛倉さりえ

――1部を書いてから2部を書くまでに間が空いているとは知りませんでした。そうと思えないくらい、1部と2部は強く結びついていますよね。

雛倉:昨日と今日で『アイリス』を読み返しましたが、1部はこなれておらず、ネトネトしているなと感じました。若いなって。私も学生時代は考えすぎていたんでしょうね。

――逆に漆谷視点となる2部からは、達観しているようにも感じました。

雛倉:今の私が達観しているのかな。自分自身の視点とかなり重なっているので、年を経て視界がちょっとスッキリしてきたかなというのもありますね。

小川:1部と2部のあいだに何があったんですか?(笑)

雛倉:自分自身のプライベートな部分で色々あったというのもあるかな。この年齢になって単純に人生経験が積み上がってきているというのもあると思います。

小川:本当に心に刺さる作品です。映画についても色々なことが書かれていますが、それは雛倉さん自身の“小説”という創作にも重なっているのかなと思いました。

雛倉:それは多分にあると思いますね。私自身は映画を作ったことがないので本当に手探りだったのですが、今おっしゃっていただいたように、かなり自分の小説の体験に引き寄せながら書いたと思います。

小川:“撮ること”の暴力性みたいなところも響きました。どうしても支配関係が生まれてしまうということが作品を通して書かれていると思いますが、それは“書くこと”も一緒だと思うんですよね。

雛倉:おっしゃる通りです。

小川:創作に対する厳しい眼差しを書くのは、苦しくなかったですか?

雛倉:常に苦しいと思いますね。『アイリス』は成長する物語ではなく、自分の中でずっと苦しんでいるような話かなと思います。最初から、どこか外に、光の方に抜けていくというよりは、ずっと薄明りの中をぐるぐると回っているような話にしたいと思っていました。

小川:瞳介は道半ばで諦めていて、浮遊子は歩み続けているわけじゃないですか。その視点は、先ほどの雛倉さんが一時期書けなかった時期があったということにも重なっているのでしょうか。

雛倉:まさに、書けなくなった時期に、自分の中で道が分岐したような感覚がありました。その後なんとか書けるようになっていきましたが、同時に書けないままの自分もどこかにはいたかもしれないという想いがあって。ですから、瞳介が活躍していたけれど今はそうじゃないという状態はすごく苦しい感覚なんじゃないかと、書きながら思いましたね。

小川:雛倉さん自身の心持ちというのは、どちらかというと瞳介よりですか。

雛倉:瞳介よりですね。

小川:では浮遊子を書く時の気持ちっていうのは?

雛倉:浮遊子はもう、全く別の世界の人と言う感じです。昔からずっと、自分から一番遠い場所にいる存在を作品の中に一人置きたいというのがありました。それが今回は浮遊子になります。だから浮遊子の一人称というのは書けないんですよね。周りの人たちの視点でしか浮遊子という存在は書けません。“書かないこと”でしか書けない存在です。

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