連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2023年9月のベスト国内ミステリ小説

2023年9月のベスト国内ミステリ小説

 今のミステリー界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。

 事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は九月刊の作品から。

酒井貞道の一冊:今村昌弘『でぃすぺる』(文藝春秋)

 今村昌弘は(今のところ)本格ミステリ作家である。しかしデビュー作と代表シリーズがアレである以上、物語をどんなにロジカルに構築してくれても、必ず現実的な世界法則に回収しれくれるとの確信を読者は持てない。いつ何時「あちら側」に行ってしまうか予断を許さないのだ。この絶妙な不信と緊張を『でぃすぺる』は存分に謳歌する。ある学園の七不思議を多面的にとことん本格ミステリの手法で推理しつつ、一寸先は闇の気配が濃厚なのだ。学校生活の生きづらさと、しかしながらの若さの爽快も丁寧に描いていて、これも好印象。

野村ななみの一冊:白井智之『エレファントヘッド』(KADOKAWA)

 17年ぶりの新作に不運な殺し屋の続編、青春ミステリに東野圭吾の新作などなど、話題作が揃い踏みだった今月。悩んだものの、前作『名探偵のいけにえ』によって跳ね上がっていた期待値を軽く上回ってきた本作を推す。主題はある薬を手に入れた精神科医が巻き込まれる殺人事件で、複雑かつ精巧に張り巡らされた伏線は、もはや美しさを感じる域にある。(文字通りの意味で)こんな超次元での多重推理があっていいのか!と頭を抱えた。一点、白井作品ファンなら問題ないが、前作に比べ少々グロ描写がキツめなので苦手な方はご注意を。

千街晶之の一冊:東野圭吾『あなたが誰かを殺した』(講談社)

 秀作・力作・話題作には事欠かない九月だったが、一冊だけ選ぶとなれば『あなたが誰かを殺した』ということになる。夏の別荘地で複数の家族を襲った大量殺人事件。犯人は捕まったものの、事件の経緯に納得できない遺族たちは現場の近くで検証会を行う……という設定だが、そのオブザーバーとして呼ばれた加賀恭一郎が、関係者たちのあらゆる嘘を片っ端から暴きながら構築する推理は、整然たる美しさとともに「この刑事には絶対嘘は通用しない」という怖さすら漂わせる。本格ミステリ作家としての東野圭吾の凄みをたっぷり味わえる逸品だ。

若林踏の一冊:白井智之『エレファントヘッド』(KADOKAWA)

 話題作が目白押しの九月だったが、謎解きの密度という点で評価するならば迷わず本作を選ぶ。序盤から突拍子もない出来事の連続で圧倒されるのだが、途中で更にとんでもない事態が起こって唖然とする。おいおい一体この話はどこへ向かうのか、と思っていると、その“とんでもない事態”が尖った謎解きのアイディアを成立させる事へと結びつき、驚きの感情が感嘆へと変わるのだ。企みが多い小説なので、これ以上は具体的な事を書かない方が良いだろう。万華鏡の如く変化する物語に翻弄されつつ、異様極まる謎解きの数々を堪能して欲しい。

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