連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2023年8月のベスト国内ミステリ小説
今のミステリ界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。
事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。今回は八月刊の作品から。
千街晶之の一冊:秋吉理香子『月夜行路』(講談社)
夫の浮気を疑う主婦の沢辻涼子は、銀座でバーを営む女装のママ・野宮ルナと知り合った。大学時代の恋人の消息を知ろうとする涼子はルナとともに大阪に向かうも、そこで立て続けに事件に巻き込まれる。『曽根崎心中』『春琴抄』『黒蜥蜴』といった大阪が舞台の高名な文芸作品が、時にはミスリードとなり、時には事件解決のヒントとなる趣向が秀逸。文学に造詣が深いルナの鋭い推理、各エピソードの意外性に満ちた構図、連作を通しての着地など、謎解きの楽しさが横溢しており、話題作が多い今年の本格ミステリの中でも上位に来る一冊だ。
若林踏の一冊:呉勝浩『素敵な圧迫』(角川書店)
呉勝浩といえば『おれたちの歌をうたえ』や『爆弾』といった重量級の長編を得意とする作家、というイメージがこれまで強かった。だが本書を読めば、その印象は大きく変わるだろう。隙間への異常な執着を持つ女の暴走が予測不能の展開を生む表題作や、コロナ渦と真正面から向き合った警察小説である「Vに捧げる行進」など、多彩な魅力を放つ短編が勢揃いしているからだ。収録作中の一押しは「ミリオンダラー・レイン」。一九六〇年代を舞台にした犯罪小説だが、意外な捻りを入れて現代にも通ずる風景を浮かび上がらせる点が素晴らしい。
橋本輝幸の一冊:荒木あかね『ちぎれた鎖と光の切れ端』(講談社)
無人島に遊びに来た若者グループ。そのうち1人は復讐のため、自分以外の参加者を殺そうと密かに毒殺の準備をしていた。ところが彼が行動に出る前に連続殺人が起こる。一体誰が、なんのために。
江戸川乱歩賞受賞後第1作。現代を舞台に凄惨な連続殺人事件が起こるが、読みどころは動機と人間心理にある。血縁や恋愛以外で結ばれた絆の描写は、もはや著者の特色といって差し支えないだろう。充分に書かれてこなかった新しい物語を切り開き、つかみとろうとする気概を感じる。愛や慣習の呪縛が断たれる結末に喝采を上げたい。
野村ななみの一冊:夕木春央『十戒』(講談社)
前作『方舟』と同じく、クローズド・サークルが舞台の本格ミステリである。孤島に集った人々、翌朝発見される死体までは定番だが、そこで犯人は予想外の指示を出す。それは「殺人犯が誰か知ろうとしてはならない」を含む十の戒律だった。掟と爆弾の起爆スイッチを握ることで、姿の見えない犯人は不気味な存在感を放ちながら、生存者の行動を支配するのだ。緊張感に満ちた描写と緻密に編まれたロジックに加え、本作には再読で見えてくる仕掛けまでも施されている。夕木春央の企みに気づいた時には、やられた!と驚愕する他なかった。