連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2023年9月のベスト国内ミステリ小説
橋本輝幸の一冊:京極夏彦『鵼の碑』(講談社)
今月はやはり本書を取り上げたい。栃木県日光市を舞台に、複数の事件の真相が丁寧に明かされていく。シリーズ作品なので、さすがに本書から読み始めるのはおすすめできない。しかしシリーズの内容や登場人物を思い出せるか不安な人に対しては、すぐに愛読者に復帰できると太鼓判を押す。レギュラーキャラクターが別々に活動し、謎を追う構成で、ひとつのシーンの登場人物の数が決して過多にならない。各人物との再会をゆっくり楽しめるはずだ。大著であるのを負担に感じさせない小説の巧さで、ファンの期待に堂々応えきった一冊。
藤田香織の一冊:石田衣良『神の呪われた子 池袋ウエストゲートパークXIX』(文藝春秋)
え? 東野圭吾でも伊坂幸太郎でも『午後のチャイムが鳴るまでは』でもなく、そこですか? と思われるかもしれないが、そこです。もうシリーズ19作目なのに? 今更? と思われるかもしれませんが、今だからこそ、改めて推したい。IWGPといえば「今どき感」だが、今回も暴走する推し活、巻き込まれ闇バイト、新興宗教2世などリアルな問題解決に、西池袋のトラブルシュータ—、マコトが奔走。初期より少し落ち着いてきたその言動が、寂しくもあるが深みにもなっている。安心安定お値段以上、久しぶりに読んでも無問題。9月はIWGPの月ですよ!
杉江松恋の一冊:京極夏彦『鵼の碑』(講談社ノベルス)
なるほど、鵼だからこの構成なのか、とまず感心させられる。『塗仏の宴』あたりから顕著になってきた妖怪小説としての特質が前面に押し出され、とにかく鵺的なものについて考えることになる。それがなにより楽しく、書かれている文章、言及される事柄のひとつひとつが興味深い。隅々まで玩味せざるをえないので読了まで本当に時間がかかった。こんなにじっくり読んだのはこどものころに買ったケイブンシャ『全怪獣怪人大百科』以来だと思う。鵺を戦後日本の暗喩と受け止めて、現代批評としても読めてしまうところがまたいいのである。
さすがに話題作が目白押し。ここには上げきれないほどに良作が出た一月でした。もう少し分散してくれたら読むほうも楽なのに。「このミステリーがすごい!」投票こそ締め切られましたが、年末に向けてまだまだ楽しみは尽きません。来月はどんな良作に会えますことか。