エンタメ界で中世がブームの理由とは ミステリ評論家・千街晶之が語る魅力

鎌倉ブームとミステリ

 今、エンタメ界では第一線のクリエイターたちが「中世」に注目している。三谷幸喜脚本のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』をはじめ、古川日出男の小説『平家物語 犬王の巻』、同作を湯浅政明監督がアニメ映画化した『犬王』、「週刊少年ジャンプ」で連載中の松井優征による漫画『逃げ上手の若君』など、話題作が続々登場している。 

 平安時代末期から、鎌倉・室町時代までの「中世」が取り上げられるのはなぜだろう。ミステリ評論家の千街晶之氏に考察をしてもらうと、特に「鎌倉時代はミステリ的読み解き方ができる」魅力があるという。どういうことなのだろうか。(リアルサウンドブック編集部) 

謎多き鎌倉時代のおもしろさ

 千街氏は昨今の中世ブームの背景を読み解く上で、以前にも同様のブームがあったことを指摘する。 

『鎌倉殿の13人 前編』 (NHK大河ドラマ・ガイド、NHK出版)

「1979年に大河ドラマ『草燃える』が放映されて、そこで描かれた鎌倉幕府草創期が注目されました。当時を『第一次鎌倉時代ブーム』、『鎌倉殿の13人』が放映されている今を『第二次鎌倉時代ブーム』と呼ぶことも可能かもしれません。 

 やはり大河ドラマは影響力が強いんですね。普段は平安・鎌倉時代は取り上げられることは少ないんですけれども、一回取り上げられるとそれに合わせて副読本や研究書が多く出版されます。それに合わせて新しい発見が出てくる。だから一般的にも歴史学界的にも、盛り上がるわけです」 

 そうした「第一次鎌倉時代ブーム」と今を比べると、どういう違いがあるのだろう。 

「『草燃える』は小説家・永井路子さんの複数の小説を原作としていて、その中心を成す一冊が、第52回直木賞を受賞した『炎環』でした。永井さんは小説家なんですけれども、いくつか独自の学説を提唱していて、それが結構注目されているんですね。 

 たとえば、三代将軍・源実朝暗殺の黒幕を三浦義村だと解釈しています。それまでは、事件直前に不審な動きを見せていた北条義時が黒幕だと考えられていましたが、実朝暗殺の実行犯・公暁の乳母夫が三浦義村であったことに着目しました。 

 今話題となっている『鎌倉殿の13人』では、その後の研究によって新たにわかった点などが反映されています。一方で、脚本の三谷幸喜さんが想像で書いてるところもありますね。あと今回のブームの場合、大河ドラマだけじゃなくて、アニメ『平家物語』が放映されたりと複数の作品が重なっていますので、なおさら注目度が高まっているのかなと思います」 

 では、鎌倉時代は他の時代と比べるとどのような特色があるのか。 

「実は鎌倉時代というのは、記録があまりないんですよ。その前の平安時代は割と細かいところまで分かっているんです。なぜかと言うと、平安時代は公家が日記を書いていたからです。いろんな儀式のやり方や礼儀作法を子孫に残していく義務があるので、日記を書くのも仕事のうちなんですよね。そうした細かいことが記録に残っています。 

 一方、武家というのは、基本的に日記を書く風習がありません。例えば鎌倉時代でも、公家の日記は残っているので、京都の朝廷の事情はわりと分かっています。たとえば、九条兼実の『玉葉(ぎょくよう)』や藤原定家の『明月記(めいげつき)』などがありました。鎌倉幕府には『吾妻鏡(あずまかがみ)』という公式記録はありますが、これは鎌倉時代末期に後からまとめられたものなんです。源頼朝や北条義時がいる時代のリアルタイムの記録ではありません。だからちょっと曖昧なところがあったり、北条氏を美化するようなところがあったりします。 

 そこで京都の公家の日記を読むと、いろいろなことを補うことができるわけです。それを照らし合わせながら読み解いていくのが、ある意味でミステリ的なんです。私がミステリ評論家なのでそういう見方をしてしまうんですけれども。やはりその前後の時代より、一次資料が少なく、わからないことが非常に多いんです。 

 鎌倉幕府ではいろいろな政変や暗殺事件がありますが、『吾妻鏡』だけを読んでいてもよくわかりません。その黒幕は誰なのかなど、非常に謎が多いところを、京都の公家の日記を照らし合わせることで、読み解いていける。謎があって、謎解きがある。そういう面白さが鎌倉時代にはあるんじゃないかと思います」 

最新研究の興味深い点

 そうしたミステリ的読み方の事例を、注目の最新書籍とともに紹介をしてもらった。 

「非常に興味深い研究書が何冊も出ています。鎌倉殿の時代考証をやっている坂井孝一さんの『鎌倉殿と執権北条氏 義時はいかに朝廷を乗り越えたか』(NHK出版新書)、また山本みなみさんが最新の研究に基づいて北条氏を研究した『史伝 北条義時 武家政権を確立した権力者の実像』(小学館)などがあります。 

 そうした書籍では、これまでとはまた違った捉え方をしています。たとえば、頼朝死後の「十三人の合議制」を、二代将軍・頼家の権力を制限するものではなく、頼家への訴訟取次役が十三人の宿老に限定されたと見なしています。つまり昔は頼家の権力を抑えようとしていたと捉えられていたんですが、最近は若くて未熟な頼家を経験豊かな宿老たちが支えるための体勢だったと捉えられているんですね。 

 また、例えば三代将軍・実朝の暗殺事件については、黒幕の存在を否定しています。たとえば、先ほど言ったように永井路子さんは三浦義村が黒幕だったという説を提唱しましたが、最近は黒幕説が影を潜めていて、公暁による突発的な暗殺だったという捉え方が主流になっているんですね。最新の研究の成果には興味深い点がたくさんあります」 

 鎌倉時代などの中世は、今の時代の雰囲気と通ずる点もあるのだろうか。 

「時代と時代の間の関連はいかようにも結びつけることができるものですが、強いて言うならば、平安時代末期から鎌倉時代というのは、疫病が流行ったり、戦乱が起こるなど、激動の時代でした。平安時代も地方では戦乱はありましたが、中心の京都の貴族社会は比較的戦乱とは無縁でした。しかし、平安時代末期になると、保元・平治の乱が起こって、平家の武家政権が成立する。さらに当初旗揚げした時は数十人の小勢力だった源頼朝が、ほんの数年であっという間に平家を倒して権力を握る。 

 そうした世相が一変するような変化は、現在の世界情勢とつながっているように思います。ドナルド・トランプが大統領になる。世界中でコロナが流行する。ロシアがウクライナに侵攻する。そして日本でも元首相経験者が銃撃されて亡くなるという、戦後初の事件が起こりました。誰も予想しなかったようなことが次々と起こっています」 

 また同時に鎌倉時代の出来事には、古今東西のフィクション作品と共通する普遍性があることを指摘する。 

「たとえば、『仁義なき戦い』シリーズに似ていますし、海外だと『ゴッドファーザー』がありますね。実際、三谷さんは、北条義時は『ゴッドファーザー』のマイケル・コルレオーネだと言っているわけです。そうしたいつの時代にもある、人と人との争い、権力闘争が今改めて注目されているということだと思います」 

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