現代における忍術とは何か? 『忍者の秘伝』習志野 青龍窟 ×『忍者OL』橘もも 対談

習志野 青龍窟 × 橘もも「忍者」対談

 忍者とはどのような存在なのか? そして、現代社会で忍道はどのように活かされるのか? 『忍者の秘伝 リアル修行帖』(BABジャパン)を刊行した忍術・武術参究者の習志野青龍窟(ならしの・せいりゅうくつ)氏と、小説『忍者だけど、OLやってます』(KADOKAWA /双葉社)の著者で作家・ライターの橘もも氏がリアルサウンド ブックで対談をした。

 「忍道」五段陰忍師範の習志野氏は、忍者の研究を重ねながら、山修行や武術稽古などを自身で実践している。新刊『忍者の秘伝 リアル修行帖』では、忍者の心得や修行法について事細かに伝えている。一方の橘氏は、忍者であることを隠しながら生きるOLを主人公とした小説『忍者だけど、OLやってます』シリーズを執筆。1月にはそのコミック版(漫画:iko/講談社)が刊行され、大きな注目を集めている。

 『忍者だけど、OLやってます』の忍術監修を習志野氏が務めるなど、すでに親交のあるというお二人。本対談では、忍者の定義やフィクションで描かれる像といったテーマをはじめ、忍者の本質と魅力について、じっくり語り合ってもらった。

手裏剣や黒装束は記号化されたイメージ?

――昔、忍者とはどのような存在だったんですか。

習志野:それは非常に難しい質問なんです。日本では一般的に、黒装束に身を包んで、軽業ができて手裏剣を打つ戦闘集団が、バク転などしながらシュシュッと敵の城に忍び込む、そんなイメージがあると思います。

  でも実はそうしたイメージが形作られたのは、江戸中期の歌舞伎の影響が大きいんです。特に黒装束で手裏剣を打つということは、フィクションによって記号化されたものでした。そうしたイメージが現代にまで継承されています。

  さらに忍者と一言で言っても、時期や場所によって違ってくるんですね。戦国期だったのか、江戸期だったのか。どこの藩のお抱えの忍だったのか。そう考えていくと、忍者の定義というのは非常に難しい。そのために国際忍者学会という学会で研究されているくらいなんです。

  でも私としては、忍者は江戸期以前に忍術に関連する技術を身に付け、それを仕事にしていた人たちだと考えています。僕自身が忍者だと言われることもあるんですけど、厳密には忍術研究・忍道の師範という立場です。ただ、細かく説明するのも大変なので、「忍者です」と言うこともあるんですが(笑)。

橘:おっしゃるように、忍者といえば黒装束や手裏剣という記号が注目されがちですよね。でも、結局大事なのは、信念や志なのだと、いろいろ調べていくうちに思いました。己を律し、我欲を消して、ただ任務を遂行するために成すべきことを成す。その生き様こそが、忍者の神髄なのだと。習志野さんは、最初にお会いした頃と比べても、さらに研究や修行を重ねていますね。ご自身で何か変化を感じることはありますか。

習志野:いろんな発見があります。自分が持っていた偏見が次々と打ち破られていくんです。忍者についてコモンセンスだと思われていたことが、実際に修行をやってみると、事実でなかったとわかることがある。例えば、忍者が「水蜘蛛」という道具を使って水の上を歩く様子を、フィクションで見たことがある人も多いかもしれません。でも実際にあれを履いて水の上を歩いても沈んでいくんですよ(笑)。ちゃんと伝承にのっとって再現しても、うまくいかないんですよね。

橘:あれもやってましたよね。水の中に潜って、竹筒を水上に出して呼吸する......

習志野:水遁(すいとん)の術ですね。あれも実際にやってみたらわかるんですけど、まあ溺れますね(笑)。仰向けになれない。

橘:そんな絶対にできないことが、なぜ忍術書に書いてあるんですか。

習志野:いや、実は書いていないんですよ。そんなイメージがいつできたのかにあたっていくと、誰が犯人かがわかるんですけど。

橘:曖昧で確証がないイメージを、いつの間にか私たちが共有していると。それもすごいことですよね。

習志野:そんなイメージを再生産していく過程で、一般論化していくんです。忍者にかぎらず、侍や芸者などの日本文化はすべて基本的にそのように成り立っているんだと思います。それを情報量の多い今の社会でじっくり検証することは重要ですね。

フィクションで描かれる忍者たち

橘:フィクションとしては、やっぱり山田風太郎の功績は大きいですか。

習志野:大きいですね。あと吉川英治と司馬遼太郎。そうした昭和の小説などのフィクション作品は忍者を世に広めました。それは功績であると同時に「忍者とはこういうものだ」というイメージを植え付けた側面もあります。でも、それは悪いことだとは思っていないんです。フィクションとリアルは対峙するものではなくて、歯車の両輪です。フィクションがなければ、誰も忍者に関心を持たない。フィクションがあってこその、リアルであると思っています。

――橘さんはなぜ忍者に関心を持って、小説『忍者だけど、OLやってます』を書いたんですか。

橘:当時、海外向けに日本の小説や漫画を紹介する仕事に携わっていて、忍者のコラムページを作ることになったんです。それで忍者の作品を持ち寄ることになり、私以外のメンバー全員年配の男性だったので、女子向けの作品を選ぶようにと言われました。でもそもそもナルトと山田風太郎くらいしか知らないなと思って。現代の女子向け作品を調べてみても、思いついたのは『てるてる×少年』という漫画くらいでした。主と忍者の主従関係が恋に発展していく物語です。

 忍者を描いたフィクションは歴史ものか、『忍者ハットリくん』みたいなコメディ、あるいは主従関係をフックにしたラブコメがほとんど。もっとリアルで現代の女子向けの作品があってもいいんじゃないかと思ったんです。それで、当時、新レーベル創刊にあたって執筆をもちかけてくれていた編集者に「忍者の末裔のOLやってるとかどう?」とタイトルそのままのアイデアを話してみたら、「それだ!」と言われて、急いで書くことになりました。

 どうせなら、現代社会で普通に生きている忍者にしたかったんです。「会社で隣に座っている人が実は忍者かも」とみんなが思えるようなリアリティがよくて。だから、一般的な忍者のイメージのように、ドロンと急に消えたり、手裏剣を投げたりはしたくなかった。じゃあどうする、というのが苦心した点ではありますが、結果的には今までにあまりない作品になったのかなと思います。

習志野:僕は「まさにこういう作品を読みたかった!」と思いました。現代社会に本当に忍者がいるという、現実に即したストーリーです。普通は忍者を描くとコミカルになってしまうところが、情報をしっかりと書き込まれていらっしゃるから、現代社会に馴染んでいて違和感が全然ない。「本当に現代に忍者がいるんじゃないか」と思わせます。もも先生のタッチは素晴らしいと思って拝読しました。

――習志野さんの新刊『忍者の秘伝 リアル修行帖』を読んでいると、文献研究だけでなく、実際に自分の身体で実践する修行にも重きを置いているように思いました。熊も出るような山奥で過酷な修行をしたり、断食を1ヶ月もの期間行ったりしていますね。座学と実践の両方が重要なんでしょうか。

習志野:忍術には自見火(じけんび)という教えがあります。文字の通り、自ら見る火ですね。火を起こす火術というのは、ただ他人がやるのを見ていると、自分でもできそうだと思うこともあります。うまい人だと3分以内で火を起こすことができるんです。でも実際に自分でやってみたら、半日かかってもできなかったりする。要するに、火は自ら起こしてみないかぎり、わからないということです。

 文献を読んだだけで「これはこうだ」と言うのは簡単ですが、自分が本当にそれをやってみて納得した上で、それを言えるかどうかが大事なんです。経験論的にいったん自分の身体を通じて納得したものでないといけない。文献を読むだけにとどまらず、経験するということが非常に重要です。

橘:実は私も『忍者だけど、OLやってます』では、自分が納得していないことは書かないようにしていて。KADOKAWAメディアファクトリー版で最初に1巻を出したときに、後悔していたことが二つあって、双葉文庫から出し直したときに修正しました。一つは「~の術」という言葉をわざと入れてたんですよね。でもあとから考えると、ちょっと嘘っぽくなってしまっていたなと。本当に大事なのは術の名前ではなくて、忍者の本質は何かということだった。「~の術」という言葉に対して、自分自身で納得しないままに使ってしまっていたと反省しました。

 もう一つは、テーブルの下に隠れるシーンがあるんですけど、最初は布で体をぐるぐる巻きにしていました。でもあとから考えると「ちょっとださいな」と思って(笑)。その後、2巻を書くにあたって習志野さんとお話をしたときに、今回の『忍者の秘伝 リアル修行帖』にもあるような、呼吸の話を聞かせていただきました。つまり、忍者は呼吸を意識することで、気配を消すこともできるし、逆に作ることもできるということでした。それを聞いて、1巻を出し直すときに、忍者だったら身体と呼吸を使って場に馴染むことによって、隠れることができるはずだと思って、布は使わないように修正しました。テーブルの下に隠れるだけでバレないのが忍者だということを、自分でも信じられたので、説得力を持って書けました。

習志野:まさにそうなんですよね。布のようなものを使って隠れても、気配が出ているとすぐに見つかるんですよ。逆に気配を完全になくしていると、バレるような所にいても見つからない。それが小説に落とし込まれていると思いました。

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