第45回日本SF大賞に市川春子『宝石の国』 人類とあらゆる生命の未来のビジョンを示す壮大なSF作品

第45回日本SF大賞に市川春子『宝石の国』

 日本SF作家クラブが選ぶ第45回日本SF大賞が発表され、市川春子『宝石の国』(講談社)に決定した。2月15日に行われた選考会で選ばれた。漫画作品の受賞は第42回のよしながふみ『大奥』以来となる。ほかに宮西建礼『銀河風帆走』(東京創元社)が特別賞を受賞。功績賞が漫画家の楳図かずおさん、翻訳家の住谷春也さん、作家の山本弘さんに贈られることも発表された。贈賞式は4月26日に代官山蔦谷書店で開催のイベント「SFカーニバル」内で実施する。

 新鋭によるハードSFが並び、日本SF作家クラブ元会長で人気声優による創作、ベテラン評論家によるSF評論集が並んだ第45回日本SF大賞の候補作で、選考委員が選んだのは市川春子による漫画『宝石の国』だった。2012年に連載が始まって完結まで12年。「月刊アフタヌーン」誌上で連載された作品は、宝石や鉱石の性質を持つ少年とも少女ともつかない美しいキャラクターたちが躍動する始まりで衆目を引きつけた。

 宝石たちははるか月からやって来る月人たちに狙われていて、捕まると月へと連れて行かれてしまう。宝石たちは金剛という名の僧形の男を先生として仰ぎ、その庇護を受けながら月人たちを迎え撃っていた。スタイリッシュな描線によって表現された様式美にあふれた世界の姿と、どこまでも美しい宝石たちが繰り広げるスピーディーな戦闘が相まって、独特の雰囲気を醸し出していた。

 最初のうちは、萩尾望都や竹宮恵子が描いてきた少年たちが集う寄宿舎での生活を思わせるところがあって、綺麗なものが好きな人たちが引きつけられた。フォスフォフィライトという主人公の宝石を通して、戦ったり衣装を作ったりといった宝石たちの日常を楽しむ作品といった趣もあった。ところが、展開が進むに連れて物語が人類のそのはるか先を描こうとしているポストアポカリプスSFであることが見えてきて、驚きを誘った。

 今回の受賞をきっかけに初めて作品を手に取る人もいるだろうことを想定して、宝石たちが何者で月人たちが何者なのかといったことには触れずにおく。ただ、読んでいくうちに世界が上へ下へと大きく広がり、遠い過去から遠大な未来へと連なる長い時間軸が示されて、とてつもない場所へと連れて行かれることになると言っておこう。美しくて愛らしかったフォスフォフィライトという主人公も、そうした展開の中で大きく変貌して読む人を戸惑わせる。

 キャラクターへの感情移入を遮断してでも、人類とあらゆる生命の未来のビジョンを変化によって示そうとしたと言えそう。こうしたテーマが美しくスタイリッシュなビジュアルによって描かれることで、とてつもない未来が訪れるのかもしれない可能性を目に見せつつ、そこに居合わせてみたいといった願望を抱かせる。有力な候補作の中で、『宝石の国』が一頭抜けて大賞を獲得した背景には、そうした漫画としての強さがあったからなのかもしれない。

 日本SF大賞では、第4回で大友克洋の『童夢』、第27回で萩尾望都『バルバラ異界』、第37回で白井弓子『WOMBS(ウームズ)』が漫画作品として受賞している。圧倒的な画力で描かれたサイキックバトルがあり、ベテランの飽くことのない探究心の成果があり、女性性の強さを感じさせるミリタリーSFがあってと、ジャンルに確固とした足跡を刻んだ作品が並ぶ。これに、大評判となっていた『大奥』も加えた漫画作品の受賞作の列に、『宝石の国』は加わって相応しいSF作品だ。

 特別賞となった宮西建礼『銀河風帆走』は、第4回創元SF短編賞を受賞した「銀河風帆走」を含む短篇集で、一般にハードSFと呼ばれるカテゴリーに分類される内容だ。人格を持った宇宙船たちが人類の存亡をかけて別の銀河を目指すという表題作には、壮大な世界観と緻密な考証が息づいていてSFファンの心をくすぐる。

 そうかと思えば、地球に衝突するコースをとった小惑星の軌道をそらす計画に挑む高校生たちが登場する「もしもぼくらが生まれていたら」のような作品もあって、SF的な思考をバリエーション豊かな物語に載せて語る力量を持った作家であることを感じさせる。まだ若いだけにこれからの活躍が楽しみだ。

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