人間が冬眠!? 医療への期待も膨らむ人類冬眠計画の現在地

「人類冬眠計画」インタビュー

 「冬眠」という言葉を聞いて、どんなイメージを思い浮かべるだろう。クマやリスといった多くの動物が行うことで知られ、童話などで題材になることも多い。しかし、医療が進歩した今、人間を冬眠させるための研究に邁進する研究者がいることはご存じだろうか。 

 『人類冬眠計画 生死のはざまに踏み込む』(岩波書店)の著者である医学者の砂川玄志郎氏は、人間が低体温の状態で眠りにつくことは決して不可能ではないと語る。人間の冬眠のためには何が要になるのか。そもそも冬眠とはなぜ起こるのか。冬眠の実現によって、社会にはどのような変化が起こりうるか――。今回、砂川氏に幅広く話を聞いた。(若林良) 

人間の冬眠は夢物語ではない

『人類冬眠計画 生死のはざまに踏み込む』(岩波書店)の著者・砂川玄志郎氏

――砂川さんが現在取り組まれている研究について、改めて教えていただけますか。 

砂川玄志郎(以下、砂川):冬眠という安全な低代謝の状態を、どのように人間に適用できるかを研究しています。主だった成果としては、ハツカネズミの実験で「QIH」という冬眠に似た状態を作り出したことがあります。およそ2年前の2020年6月、私の研究チームと筑波大学の櫻井武研究室とのコラボレーションで、冬眠をしないハツカネズミの脳の一部を興奮させ、冬眠のような状態に導くことに成功しました。これにより、冬眠をしない動物が冬眠できるようになる可能性は飛躍的に高まったと感じています。人間が冬眠することも、決して夢物語ではなくなりました。 

――すごいですね。では、砂川さんはどのような経緯で、冬眠研究に携わるようになったのでしょうか。 

砂川:もともと、未来のある子どもたちのために何かをしたいという思いがあり、医学部を卒業後、子どもの患者の助けになれる小児科医になりました。それにはやりがいを覚えていたのですが、その一方で、自分の限界も実感するようになります。自分の医療技術が上がっても、今の医学では助からない人がたくさんいることが臨床の現場でわかってきて、無力感を覚えることも少なくなかったんです。特に重症患者を素早く搬送する難しさを感じていました。 

 転機となったのは、医師になって4年目の2004年に、新しく発表された冬眠に関する論文を読んだことです。内容としては、マダガスカルでキツネザルという小型のサルが冬眠している状態で発見されたというものでした。小さなサルとはいえ、人間と同じ霊長類が冬眠できるのだから、人間も冬眠できるのではないかと思うようになりました。 

 同時に、冬眠を技術として医療に適用することができれば、今までは助からなかった命を救えると感じ、臨床から研究の世界に軸足を移すことを決めました。それから2006年に大学院に入学し、10年にわたってまず睡眠の研究を行ったうち、2015年から本格的に冬眠の研究を開始しました。 

――なるほど。とてもストイックですね……。 

砂川:……と、思われるかもしれませんが、そのような使命感のみではなく、単純な好奇心もあります(笑)。冬眠研究を進めるうち、研究の面白さに気づいたんです。ひとつには、研究をはじめてしばらく経ったときに、実際に冬眠をしているシマリスに触れたことですね。死体と同じような冷たさで、呼吸もほとんど感じられないのに、これが生きているということに言い知れぬ感動を覚えたんです。冬眠には今の科学でもまったく説明のつかないことが多くて、なんとかそれを理解したいという思いがふつふつとわいてきました。臨床に貢献したいという思いと同時に、科学の面白さにはまってしまった感覚も強いですね。 

体温が氷点下まで下がる動物も

――そもそも論で恐縮なのですが、生物はなぜ冬眠をするのでしょうか。 

砂川:「なぜ寝るのか」と同じような問いで、明快に答えることは難しいですね。まず睡眠の話をしますと、それを行わなければ死ぬことはわかっているのですが、いまだに寝る理由そのものは判明していないんです。冬眠も同じで、冬眠をする生物にとっては、生きる上での必須の行為ではありながらも、その理由についてはなかなか正解にはたどりつきません。 

 ただ、現時点でコンセンサスとして考えられているのは、冬眠をする動物は生きる手段として、それを自分の中に組み込んできたのではないかということです。冬、もしくは乾季のあいだに普通に動いていたら、体が寒さに耐えきれずに凍死したり、食べものが手に入らずに餓死したりしてしまうので、ハードな環境で生きるために、冬眠という手段を手に入れたのではないかということです。 

――なるほど。では冬眠によって、体温はどの程度下がり、それによってどのようなメリットが得られるのでしょうか。 

砂川:もっとも振れ幅のある動物で言えば、北極に住むホッキョクジリスですね。冬眠する前は37度ほどですが、冬眠すると0度前後になり、もっとも低い体温としては、マイナス2.9度が記録されています。驚くべきことですが、氷点下になっても血液が凍らず循環するシステムが体内に組み込まれているんです。冬眠動物の多くは、冬眠後は10度を下回るものが多いので、平時の体温と比較して、30度以上落ちるケースも少なくはありません。 

 メリットという話で言えば、体温以外の大きな変化である、酸素消費量の変化に起因するところが大きいですね。冬眠中の動物はだいたい小型の冬眠動物だと、およそ平常時の1%くらいにまで減少します。単純に言えば息をする回数が100分の1に減りますし、心臓も100分の1の動きですむようになります。それによって、必要な食べ物も100分の1になるので、食べものの得られない時期をうまく乗り切ることができるんですね。 

――人間の立場からするとなかなか真似はできないなと感じますが、では人間の場合、生存可能な温度は何度くらいになるのでしょうか。 

砂川:臨床的には、病院での診療時に30度を切っていると死のリスクが高まります。意識レベルも低くなるし、心臓も正しく収縮できなくなる。20度などになると、もう大抵助からないですね。そのため、というのも変ですが、人間が冬眠する場合も、なにか対策を講じないと体温は20度を下回ることはないだろうと思います。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる