『呪術廻戦』面白さのポイントは? ジャンプ大好き評論家3名が徹底考察

『呪術廻戦』面白さのポイントは? ジャンプ大好き評論家3名が徹底考察

『呪術廻戦』の軸は世代交代

倉本:一世代前の少年漫画は感情論がそのまま物語のイデオロギーとして駆動していくことがまだまだ多かったと思うんですけど、『呪術廻戦』はルールを無意識にインストールすることの危なさとか、感情を全肯定してしまうことの危うさを、常に突きつけていると思っています。これは『呪術廻戦』と『チェンソーマン』はもちろん、最近の漫画にある程度共通するところでもあるのかなと。加えて、とても現代的というか、令和的というか、作家が90年代生まれだなと思ったのが、五条の「老人は主語がでかくていけねえ」という台詞。主語を大きくして語ることへの忌避や嫌悪感って数年前くらいからSNSで話題に上るようになりましたよね。

成馬:最初にやろうとしていた話は、おそらく世代交代の話ですよね。呪術高専の頂点にいる老人たちの保守性に五条も夏油も苛立ちを抱えていて、夏油傑は人間も含めて滅ぼそうとしている。一方、五条先生は、後進を育てることによって呪術師の世界を改革していこうと考えている。

 たぶん、渋谷事変が予想以上に長引いて、当初の構想とズレが生じてると思うんですけど、最初に描こうとしていたテーマは、五条と夏油の対立と、虎杖が宿儺をどう押さえ込むかという二つだったと思います。

僕は、五条と夏油の話に最初は惹かれたんですよね。第8巻で、五条と夏油の回想編に入る前に、中学生時代に虎杖のことを好きだった小沢優子が登場するエピソードがあるじゃないですか。

倉本:「第64話 そういうこと」! 大好きです。

成馬:中学の時は、太っていた小沢が高校になって身長だけが15センチ伸びて、環境の変化のストレスで痩せたことを話したら、野薔薇が「佐藤黒呼かよ」って突っ込みを入れるのですが、あれは『幽☆遊☆白書』に登場する初代霊界探偵・黒呼先生のことですよね、あのシーンで、芥見先生は本当に冨樫先生のことが好きなんだなぁって思いました。まさかあのエピソードを持ってくるとは思わなかった。

倉本:あの回は名言や鋭い視点がたくさん詰まっている回で。虎杖が、痩せて「別人」みたいに見える優子のことをちゃんと一発で本人だと認識するっていう、単純な「好プレー」で終わらせるんじゃなく、優子自身が「今の私なら(イケるのでは)」と思ってしまっていた、その価値観の部分を穿つんですよね。つまり、かつて彼女のことを「デブじゃん」とバカにしていた連中と同一のヒエラルキーに乗ってしまっていることを優子自身に思い至らせ、人を幸せにしない価値観の再生産をそこで断ち切る。その過程を、あの何気ないラブコメエピソードで見せるのが鮮やかなだなあと。

成馬:虎杖の魅力をこんな風に見せるのかと驚きました。そして、小沢優子のエピソードの後で、五條と夏油の2人の過去編に入るので、最初に読んだ時は、夏油は『幽☆遊☆白書』に登場する仙水忍なんだなって思いました。

 仙水は当初は強い正義感を抱えた妖怪と戦う霊界探偵だったのですが、妖怪を虐殺する人間の光景を見たことをきっかけに、人間を滅ぼす側に反転するんですよね。

 夏油が人間に対して深い絶望を持つに至った経緯を一通り描いて、そこから人間を滅ぼそうとする呪詛師になった夏油と、夏油を止めようとする五条の対立の物語が軸にあるのだと思って、芥見先生は『幽☆遊☆白書』の仙水の話を『呪術廻戦』で描くのかなぁと思って震えましたね。

倉本:仙水編の話だと聞いてすごく納得することがあって。冨樫先生は妖怪側が持っている人間らしい、素朴な感情を絶妙のタイミングで挟んでくるじゃないですか。例えば仙水がまだ霊界探偵だったとき、討伐対象である樹を退治しようとして「死ぬ前に何か言い残す事はあるか?」って訊いたら、樹が「できればもう1日生きたい 明日『夜のヒットスタジオ』に戸川純が出る」と答える。あのやりとりはファンの間でも人気のあるエピソードだと思うんですが、結構それに近いようなエピソードが『呪術廻戦』にもたくさん出てきますよね。だから成馬さんが『幽☆遊☆白書』の直系だというのも納得です。

成馬:小沢優子のエピソードの後に回想編に入っていくから、芥見先生には自分のやりたいことが明確にあるんだなと思いました。しかし、小沢優子の話はいつ回収してくれるんですかね(笑)

ジャンプ作家同士の相互影響

成馬:渋谷事変の初期は五条先生が、主役みたいに出ずっぱりでしたよね。「大丈夫かな、この漫画」と心配していたら、五条が封印されて、彼を助けるために虎杖たちが呪霊と戦うという流れになったので、計算して書いてたんだなぁと思いました。逆に今は、宿儺がたくさん出てきていますが。

倉本:主人公じゃないキャラがたくさん登場して話がどんどん進行していってしまうというのはまさに『HUNTER×HUNTER』流ですよね。

成馬:渋谷事変ってこんな長くするつもりはなかったと思うんですよ。どこかで計算が狂って泥沼にハマってる感じがして、そのあたりは『HUNTER×HUNTER』のキメラアント編みたいですよね。あと、主要人物がガンガン死んで戦闘不能になっていく最近の展開は、良くも悪くも藤本先生の『チェンソーマン』に影響を受けているのかなぁと思います。

 僕は,今までジャンプの漫画は単行本で追っていたのですが、『チェンソーマン』をきっかけに本誌を再び買うようになったので、ちょっと視点が偏っているのですが、隣で『チェンソーマン』が毎回、メチャクチャな話を描いているのを見ていたら、相当、刺激されると思うんですよ。銃の悪魔のあのシーンとか見せられたら「こっちはもっとすごいことやってやる」と思ってもおかしくないと思うんですよね。それで互いに作家同士がもっと凄いシーンを描いてやるって、やりあっているうちに、今のジャンプって、どんどんおかしくなってきたって感じがするんですよね。

岡島:ジャンプ漫画にはアンケート至上主義があるから、そういう特性はあるかもしれないです。

成馬:今のジャンプって毎週、誰かが酷いことになっていて、月曜朝のTwitterが阿鼻叫喚の嵐ですよね。作中のキャラクターを平気で殺しちゃうほうが人気上がるんですかね。

倉本:なんて殺伐とした概観なんだ(笑)。

岡島:でも『HUNTER×HUNTER』も急に死んだりしてたじゃないですか。『ドラゴンボール』の最初のクリリン死亡とか、わりとジャンプでもよくある話かと。

成馬:ある時期から鳥山明先生や冨樫先生はジャンプの連載陣の中では別枠の人って扱いになっていると思うんですよね。『HUNTER×HUNTER』も不定期連載で、人気投票を気にしなくても許される立場にあると思うんですよ。でも今の『呪術廻戦』、『チェンソーマン』、『アンデッドアンラック』は、全部対等じゃないですか。人気が低ければ全員打ち切られるし、人気が上がれば巻頭になるみたいな状態で、いい意味で競争原理が働いているなぁって思います。だからすごくスリリングですよね。

 他の漫画雑誌の連載って、みんな淡々と自分の描きたいことを描いてるように見えるんですよ。でも、ジャンプだけは連載者同士が相互に影響を与えあっている気がしていて、雑誌で読むとすごく緊張感がある。少なくとも今挙げた3作品と『僕のヒーローアカデミア』は、お互いに影響を与えあっている感じがします。それぞれ本誌で連載を読んでいるとその後どうするんだって思うけど、単行本になると結構、きれいにまとまってるから驚くんですよね。

倉本:『呪術廻戦』は学園ものの側面があるからかもしれないけど、少年たちが実際の戦闘で人を殺してしまうかもしれないことの危険性みたいなものに、すごく細かくアラートを鳴らすような描写が多い気がします。『僕のヒーローアカデミア』とかもそうですよね。いわゆる「少年」を主人公に据えたバトル漫画だと、大きなものから抑圧される側に立たされることが多いぶん、「敵を倒す」という根幹的な行為の是非に対して無邪気なままストーリーを進行させているものもけっこうありますけど。

岡島:『幽☆遊☆白書』だと「界境トンネル編」が終わったあとに、妖怪たちと人間が融和していくじゃないですか。でもそういう一緒に暮らしていこうよ、みたいな感じの漫画は過去にたくさんあったと思うんだけど、最近の漫画はもう、悪いやつは全員殺すみたいな。『鬼滅の刃』も、愈史郎だけ例外としても、基本的に鬼を全滅させるじゃないですか。『るろうに剣心』の斎藤一が唱える「悪・即・斬」じゃないですけど。『約束のネバーランド』もどうすんのかなって思ってたら、完全に世界が分離されて、鬼と人間が分断されて「ハッピーエンド」みたいになっていて、びっくりしました。

 そういう価値観のほうが今の時代は正しいというのであれば『呪術廻戦』はどうなっていくのかなという思いがあります。芥見先生が冨樫先生の影響を受けているのだとして、『幽☆遊☆白書』が「界境トンネル編」のあと「魔界編」みたいになっていったことを考えれば、『幽☆遊☆白書』的な結末に着地するのかなと思いますが、わからないですね。

倉本:『約束のネバーランド』の場合は、他者に自分と同じ尺度やルールを押し付けてはいけないという考えの果てに、鬼と人間の世界の分離が描かれたんですよね。ディズニー映画の『ズートピア』にも通ずるような、ゾーニングをモチーフにした漫画だったともいえる。社会的包摂という現実の課題が共有されつつあるというか、「相手の文化圏をまるっと塗り潰してしまうのはよくない。一方、現状のままでは深刻な軋轢や衝突が避けられない。だったらどうすべきか?」という意識がおそらく浸透しつつあるんじゃないかなと。

成馬:現在のアメリカの話を聞いているみたいですね。『呪術廻戦』の場合は、最終的に虎杖が、宿儺とどう折り合いをつけるかにかかってくるのかなぁと思います。

岡島:冨樫先生の場合は、『幽☆遊☆白書』であれば「そもそも妖怪は自発的に人間に悪さをしていなかった」という設定を付け足し、妖怪と人間の融和を描きました。『レベルE』は1話の冒頭から「現在地球には数百種類の異星人が行き交い生活している」と始めています。『HUNTER×HUNTER』ではメルエム(王)は倒したとしても、残ったキメラアントとの共存が選択されます。つまり“異物”は自分の内側にあるもので、完全に排除してはいけない、できないものだと捉えている。『約束のネバーランド』も『鬼滅の刃』も面白く読んでたんですが、そういう冨樫的なものの方に馴染みがあるので、約ネバ、鬼滅みたいなエンドが主流になるのであれば、この先、社会はどうなっていくんだろうという怖さがありますね。

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