『呪術廻戦』面白さのポイントは? ジャンプ大好き評論家3名が徹底考察

『呪術廻戦』座談会、人気の理由を考察

 『鬼滅の刃』の歴史的ヒットでまたしても黄金期を迎えていると目される「週刊少年ジャンプ」だが、注目のバトル漫画はほかにも多い。中でも、いまもっとも多くの漫画ファンを熱狂させているネクストブレイク作品は芥見下々の『呪術廻戦』と藤本タツキの『チェンソーマン』だろう。『呪術廻戦』は2020年10月からアニメ放送がスタートし、そのクオリティーの高さから、原作ファンのみならず、新規のファンも多く獲得している。『チェンソーマン』は衝撃的な展開の連続で読者の支持を集め、大きな話題を呼んでいる。いったいなぜ『呪術廻戦』と『チェンソーマン』はこれほどまでに人気作品となったのか?

 リアルサウンドブックでは、ドラマ評論家の成馬零一氏、書評家の倉本さおり氏、アイドル専門ライターの岡島紳士氏による『呪術廻戦』『チェンソーマン』座談会を開催。前篇では、『呪術廻戦』がどのような漫画の影響下にあるのかを位置付けるとともに、アニメ化によって作品にどんな奥行きが生まれたのか、その魅力を語り尽くす。(編集部)

※本稿にはネタバレがあります。

みんなが”冨樫的なもの”を求めている

『HUNTER×HUNTER』(1巻)

岡島:普段は「アイドル」というカテゴリの中で基本執筆活動をしている岡島です。今日は1988年くらいから32年間ジャンプを読み続けている熱狂的なジャンプ読者ということで、企画に呼んで頂きました。よろしくお願いします。『呪術廻戦』についてですが、僕は冨樫義博先生が好きなので、連載が始まった時は”冨樫的なもの”が出てきたなという気がして嬉しかったです。

倉本:すごく分かります。敢えてかぶせていくと、私は幼稚園児だった83年くらいから読み続けているジャンプ読者で(笑)、例えば『みえるひと』や『シャーマンキング』みたいな異能バトル系のダークファンタジーが好きなんですが、やっぱり『幽☆遊☆白書』と『HUNTER×HUNTER』は自分の心のなかの特別な場所に置いていて。『呪術廻戦』は冨樫ロスというか『HUNTER×HUNTER』の休載でぽっかり開いた心の穴を見事に埋めてくれた漫画でした。

岡島:ジャンプだけではないかもしれないですけど、今の新人作家さん達は影響を受けた作品に『BLEACH』と『NARUTO』をよく挙げられますよね。特に『BLEACH』の影響は大きいと思うんですが、『チェンソーマン』の藤本タツキ先生が沙村広明先生や弐瓶勉先生など、『アフタヌーン』の作家を挙げているのは興味深いポイントです。

成馬:その影響関係はすごく分かります。僕は76年生まれで、ジャンプで言うと『ONE PIECE』の尾田栄一郎先生(75年生まれ)や『NARUTO』の岸本斉史先生(74年生まれ)と同世代なんですけど、もう2回り下の90年代生まれの世代が芥見下々先生や藤本タツキ先生の世代ですよね。『呪術廻戦』や『チェンソーマン』は、彼らより上の世代から見ると何に影響を受けたかが分かりやすい漫画で、それが意外な形で現れているのが面白い。特に『呪術廻戦』の芥見先生は冨樫先生が好きなんだろうなぁと、思います。

倉本:1人チートなスペックのキャラクターが出てきて、それを能力やルールの策定でどうひっくり返すか、みたいな構造がものすごく冨樫みを感じさせます。あとは『BLEACH』の、なんかすごい賢げな理屈がありそうな匂いと共に大技の中身を飲み込ませちゃう感じ。作中の最強キャラ・五条悟の術式や領域展開の原理とかって、正直なところ実態がよくわからないじゃないですか? 「無限を収束・発散する」とか「生きるという行為に無限回の作業を強制する」って言われても、少なくとも自分にはその原理の部分は全然理解できていないんだけど、たぶん理系的にすごい何かがあるんだろう、みたいなノリで心理的に納得させられてしまう(笑)。

岡島:芥見先生は、単行本のおまけページで、“黒閃”という技について「自分で書いていても意味がよく分かっていない」というようなことを書いてました。「(黒閃が決まった時の威力は)平均で通常の2.5乗」と本編で書いたことについて、「10の2倍は20だけど、10の2乗は100。でも1の2乗は1。1の呪力って何?」みたいに自問自答していましたね。「倍」より2乗のほうがかっこいいので2乗にした、ということだと思うので、完全に久保帯人先生の”オサレ”な感覚を引き継いでいるんじゃないかと。

 でも、芥見先生は『HUNTER×HUNTER』のほうが世代的に直撃なんだろうなと思います。明らかに漫画の描き方に影響を受けている。たとえば、五条が伏黒甚爾との戦い(9巻の74話)で覚醒した話は、『HUNTER×HUNTER』でシュートが覚醒した時(26巻の272話)と見せ方がかなり似ていると思うんですよね。設定や縛りとかも、制約と誓約みたいな感じがしました。

成馬:『呪術廻戦』の基本的な人物配置は『NARUTO』のナルト、サスケ、サクラ、カカシ先生の関係と一緒ですよね。でも、『NARUTO』と違ってみんな仲がいいのが新しい。『呪術廻戦』の虎杖と伏黒の関係を見ていると、お互いにすごく気を使っていて相手を心配してるじゃないですか。今までの漫画だと、伏黒は『SLAM DUNK』の流川みたいなクールな二枚目キャラで、主人公にキツイことを言うライバル的存在だったのが、すごく良い奴だったのが新鮮でした。『鬼滅の刃』もそうですけど、今の少年漫画の登場人物は基本的に仲が良いですよね。世代が下ったことによって生まれている関係性の描き方の違いがすごく面白い。特に虎杖の人物造形が面白くて、ジャンプの主人公にいるようでいなかったキャラクターだと思います。

倉本:うんうん、男2人女1人のバランス感がかつての作品と全然違うのはすごく分かります。

成馬:逆に、自分の世代は何であんなに喧嘩していたんだろうと考えさせられますよね。ナルトとサスケもそうですけど、『ONE PIECE』のサンジとゾロもずっと喧嘩してるじゃないですか(笑)。僕の世代の漫画家は「喧嘩することでお互いを知って、認め合う」という、ややこしい道を経由しないと仲の良さが描けなかった。素直で良い子たちだなぁと思います(笑)。

複雑なバトル展開

岡島:領域展開という技は、いろいろなものから影響を受けていると思うんです。まず領域展開の概念については、以前成馬さんが『聖闘士星矢』のアナザーディメンションからきているんじゃないかと指摘していましたよね。僕は『HUNTER×HUNTER』の“円”の概念、特に攻撃が必ず当たるというのはノブナガの円から来ている、と思いました。

成馬:バック(背景)が突然、宇宙になるという見せ方は、アナザーディメンションとかギャラクティカマグナムといった車田正美の方法論ですよね。車田正美ってジャンプのバトル漫画の原点を作った人だと思うんですよ。例えば『リングにかけろ』って最初はそれっぽい理屈が結構あって、フックやアッパーがどう強いのかを丁寧に説明していたのが、途中から「ギャラクティカ・ファントム!」みたいな必殺技を叫んで、大ゴマの見開きでBAAAAAN!みたいな効果音が入って、「背景は宇宙」みたいな(笑)。必殺パンチ一発で勝負が終わるっていうざっくりした展開になっていく。『聖闘士星矢』はその車田理論を徹底したもので、理屈はよくわからないけど、とにかく「スケールがデカくて、凄いんだ」というハッタリで見せる必殺技は、ジャンプ漫画が生み出した特殊な技法だと思います。

倉本:『鬼滅の刃』とかもそうですよね。最初、呼吸で細胞が活性化されるっていう設定だったはずが、最終的にどこに強さの要因があるのかよく分からなくなってくる。

成馬:『鬼滅の刃』は一周回って80年代のジャンプに戻ってしまったんだと思うんですけど、『呪術廻戦』は領域展開で、バックに宇宙が出る理屈を、すごく丁寧に説明しようとしている。その過剰な理屈付けが面白いんですよね。相対性理論やフェルマーの最終定理の説明を聞いて「よくわからないけど何か凄い」と思ってしまう時の気持ちに近いのかもしれない。

岡島:『BLEACH』も異能力バトルだと思うんですけど、パズル的な展開にはならないですよね。『キン肉マン』とか『聖闘士星矢』と一緒で、なんとなく理屈が強いほうが勝つという。もっと言うと、作者が正しいと感じている正義が、最終的には勝つ。その点は『呪術廻戦』も一緒なのかなと思います。

成馬:『HUNTER×HUNTER』は、そこがちょっと違いますね。『HUNTER×HUNTER』の連載が止まってしまう理由は、やっぱりそこにあると思って、冨樫先生の場合は、設定の辻褄を無理やり合わせようとするあまり描けなくなってしまったのかなと思う。本当はそこにこだわる必要はないと思うんですけどね。

岡島:大枠での設定はあるのでしょうけど、“反転術式”と“術式反転”という、似ていながら別の意味の言葉を作ってしまうことに表れているように、細かいことを気にしない勢いを感じます。

倉本:反転術式と術式反転の違いもいまだにフワッとしか理解できてないんだけど……(笑)。

岡島:反転術式は簡単に言うと回復。術式反転は、たとえば炎が出る術式だったらヒヤッとする術式に変わるみたいなことらしいですよ。細かい設定はもっとありますが、こんな理解で十分だと僕は思います(笑)。

成馬:『ドラゴンクエスト』風に言うと、メラに対するヒャドってことですよね。本当は簡単に言えることを、すごくこねくり回して難解に説明している。でもそのこねくり回し方が、めちゃくちゃカッコいい!

岡島:で、術式順転と術式反転を掛け合わせた五条先生の技が虚式「茈」で、無限を衝突させて仮想の質量を押し出すという。「かっこよければそれでいい」みたいな『BLEACH』の遺伝子を汲んでますよね。

成馬:「リアルサウンド ブック」で『呪術廻戦』の原稿を書いている時も、術式の説明を書いてる時は、すごく気持ちがノリますよ。説明していると脳内麻薬が出るというか、妙な気持ち良さがある(笑)。

倉本:ああ、脳内麻薬的な気持ちよさといえば、芥見先生はセリフ一撃の破壊力もエグい。例えば『呪術廻戦』の前日譚にあたる『東京都立呪術高等学校』のクライマックスで乙骨憂太が放った「失礼だな 純愛だよ」っていう台詞とか。なんていうか、衒いなくロマンティックなんですよね。オサレではあるんだけど、妙な自意識のねじれがないというか、作者が斜に構えずにキャラを立てようとする。

岡島:僕はキャラで言うと“パパ黒”こと伏黒の父親、伏黒甚爾が好きなんですが、彼が死の間際に言った「好きにしろ」という台詞がめちゃめちゃ上手いなと思いました。「息子を任せる」という意味の言葉を、彼のキャラを守った上で言語化するとああなるという。

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