隈研吾が語る、20世紀的な建築からの脱却 「新しい時間の捉え方が必要なのかも」
金融資本主義とXLサイズ建築
ーールネサンス的なMサイズ建築から、産業革命的なLサイズ建築へ、そして20世紀後半の金融資本主義的なXLサイズ建築へという流れについて、もう少し詳しく教えてください。現在も金融資本主義の時代は続いていると思うのですが、その中で隈さんはレム・コールハースらXLサイズ建築を得意とする建築家をどう捉えていますか。隈:コールハースは2月にニューヨークのグッゲンハイム美術館で『カントリーサイド、ザ・フューチャー』という展覧会をやっていたのですが、材料やディティール、切り口などは僕が目指すものと近いと感じました。彼とは時々会っていて、先日も日本酒を飲みながら話す機会があったけれど、禅の境地に達しているような感じで、これまでとは違う方向に歩んでいるのかなと。彼が北京に設計したCCTVの本社ビル(2008年完成)が、習近平などに「奇々怪々建築」と批判されたあたりから、金融資本主義的な現実と距離を取り始めていると思います。ちなみに彼はものすごい日本マニアで、日本酒にも詳しいし、建築家としても篠原一男の70年代の建築に興味があるみたいです。
ーーこの本ではコールハースの流れでザハ・ハディドにも触れています。もう少し多く触れてほしかったなという思いがありました。隈さんは、彼女とは、どの程度の接点がありましたか。
隈:ザハとは、コンペの最終審査で5~6社に絞られたところで、何度も一緒になっています。彼女は話すプレゼンテーションがすごく上手いタイプではないけれど、そのデザインは模型やレンダリングで映えるから、コンペにすごく強くて、僕は負けることが多かった。だからこそ、僕にとってはコールハースとともに研究対象でしたし、シニカルに見ていた部分もあります。彼女の建築デザインは、金融資本主義における商品の形態としてすごくインパクトがあったと思います。だから彼女が亡くなってからも、彼女の事務所は大きなXLプロジェクトをとり続けています。
ーーザハに負け続けてきた隈さんが、結果国立競技場にかかわるというのは皮肉な結末ですね。ザハのデザインの国立競技場が実現しなかったことの主な理由が、国内の大御所建築家を含む、国内からの横槍だったこと。そして、その理由として莫大な建設費があげられました。
隈:ザハの造形能力は、まさに金融資本主義時代のディーバと言えるものだと思います。コールハースには自分でやっていながら自己批判的なシニカルな視点があるけれど、ザハはXLサイズ建築の可能性を極点まで突き詰めた人だと思いますし、それはそれですごい能力だと思います。
ーー本書ではコールハースとともに、磯崎新の都市論、建築論なども批判の対象になっています。彼らの世代は、小さな建築が次第に大きくなり、ついにはアジアの混沌の中でXLサイズまでに爆発的に膨張したことで、世界は終末的な状況に陥ったという悲観論をしばしば語り、自分だけが状況を的確に把握した賢者であるかのように振る舞い、巷の建築家を見下していると。
隈:その部分は、磯崎さんが僕の国立競技場のデザインを辛辣に批判してくれたからこそ、書けたものです。ちゃんと反論すべきだと思って書きました。建築業界における磯崎さんの言説の影響は非常に大きくて、80年代以降の日本の建築家は誰もが磯崎さんの知的な書きぶりに圧倒されてきたと言ってもいいくらいです。僕もずっと敬意を抱いてきました。建築業界にはヒエラルキーがあると言いましたが、その意味でも、自分の考えをこういう形で発表できたのは良かったです。そもそも僕らの世代はXL状況の中で建築家としてスタートして、コールハースがXLの元凶とするアジアに生まれ育っているので、その現実を受け入れた上で、アジアの可能性と未来を考えたいんです。
■書籍情報
『点・線・面』
著者:隈 研吾
発売日:2月7日
定価:本体2,200円+税
出版社:岩波書店
公式サイト:https://www.iwanami.co.jp/book/b496850.html