S・キューブリックとS・キングは“大の飛行機嫌い”だったーー『2001年宇宙の旅』と『シャイニング』の恐怖を考察

S・キューブリックとS・キングは“大の飛行機嫌い”だったーー『2001年宇宙の旅』と『シャイニング』の恐怖を考察

 アレサ・フランクリン、江川卓、恩田陸、アイザック・アシモフ、佐山サトル、デヴィッド・ボウイ。なんらつながりのなさそうな人名の列だが、実は共通点がある。それは、飛行機嫌い。なぜ苦手なのか理由はさまざまだ。高所恐怖症、閉所恐怖症、またはその併発。さらには、航空機事故になんらかの接点がある場合がある。事故寸前の体験、または大事な人を飛行機事故でなくしたという場合もある。

 もちろん、事故や死は誰でも恐い。だが飛行機事故は、もっと根源的な恐怖と結びついている気がする。いや統計的に見れば、飛行機に乗って事故に遭遇する確率は、クルマやタクシー、鉄道などを利用する場合に比べても低い。どんな乗り物よりも安全確認のための手間と手順がかけられている。なぜなら事故が起きた場合の社会全体に与えるショックが大きすぎるからだ。墜落事故は全員死亡という結果になる可能性が高い。事故が文明の方向を左右することすらある。飛行機の親戚と言える飛行船は、一度の大事故によって(旅客用としては)跡形なく消えてしまった。

 スタンリー・キューブリックとスティーヴン・キングも大の飛行機嫌いである。

 去年、2019年は、キューブリックの年だった。アパレルブランド各社は、『シャイニング』の双子や『2001年宇宙の旅』のHAL9000などの写真をプリントしたTシャツやスウェットを展開していた。ドキュメンタリー映画の『キューブリックに魅せられた男』も公開された。ファンとして見逃せないのは、『2001キューブリッククラーク』(マイケル・ベンソン著)という本である。キューブリックがSF作家のA.C.クラークと『2001年宇宙の旅』の旅をつくっていた期間の出来事を徹底的に検証したノンフィクションで、これまで書かれたキューブリック本の中でももっとも詳しくキューブリックについて書かれたものといっていい。

 『2001年〜』でキューブリックがめざしたのは「クズとみなされない最初のSF映画」である。かつてSF映画は、B級のばかばかしいものばかりだったのだ。キューブリックはSF作家のアーサー・C・クラークに声をかけ、神話の原型を徹底的に調べ、「テクノロジーが原因となって変容する人類」を映画で描こうと決意する。そして、実際にそれはいまだに重要で根源的な作品として評価されている。

 イギリス人のクラークは、当時、すでにスリランカに移住を果たしていた。キューブリックとの共同作業のために、彼はニューヨークに出張してきて、2人は互いに映画のアイデアを練っていった。知的な好奇心が見事に噛み合っていた2人の関係は、当初は良好だったがもちろんそれだけではなかった。映画のプロットはころころと変わり、クラークが書いたパートは、撮影の段階になるとばっさり削除された。クラークは辟易するようになる。

 キューブリックは、気まぐれだった。宇宙船が向かう先を木星から土星に移し、さらに木星に戻した。科学的なエビデンスを重視してつくられた映画なので、その変更は、製作期間、製作予算に大きな影響を与えた。当時、クラークは、同居中の恋人が製作するスリランカのB級映画の資金を提供し、多額の借金を抱えていた。この借金は、やがてキューブリックが肩代わりするようになる。だが文句が言えなかったのは、キューブリックの方。小説版の『2001年宇宙の旅』(クラークとキューブリックの共作の予定だった)の確認作業(いわゆる”ゲラ”)をキューブリックは手元で長期間に渡って止めて、結果大きな損害をクラークに与えていたのだ。映画と同時に小説版が刊行される予定だったが、撮影は遅れに遅れていたのだ。

 他にもキューブリックの気まぐれさが際立つエピソードがある。映画の準備中に、キューブリックはニューヨークの自宅を引払い、ロンドンに家族とともに移住を果たした。しかも船で。移住以後も彼は、撮影のたび、年に数回アメリカに帰ってくるが、移動の手段はいつも船だった。なぜか。キューブリックが飛行機嫌いだったから。

 キューブリックの飛行機嫌いは、少し特殊なものだ。彼には飛行機のパイロットとしての経歴があった。その当時のトラウマで飛行機嫌いになったようだ。安全へのこだわり全般が強く、タクシーに乗るときにもスピード制限を運転手に注文したという。時速46キロ以上出すな。衝突事故が起きても命に別状のないとキューブリックが計算した速度だった。

 2019年は、キングの年でもあった。『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』、さらに『シャイニング』の続編である『ドクター・スリープ』の映画版の公開があった。刊行物では『スティーヴン・キング 映画&テレビ コンプリートガイド』(イアン・ネイサン)は、必読である。映像化されたキングの作品の前作レビューに、その当時のエピソードをふんだんに加えたもの。ちなみに、キングイヤーは継続中で、2020年には映画『ペット・セメ タリー』の二度目の映画化作品も公開された。

 キングの飛行機嫌いもキューブリックに負けるとも劣らない。まったく飛行機に乗らないわけではない。特に80年代にはプライベートジェットを移動に利用していたことがあったという。当時、ニアミス事故で飛行機が完全に逆さまになった経験をする。ただしそれが飛行機嫌いのきっかけになったわけではない。少なくとも優秀なパイロットは、その状態から通常フライトに戻せるだけの冷静さと技量を持っていることがわかった。むしろ飛行機きらいが少しマシになったという。

 「わたしたちが旅客機での旅に感じる魅力や興奮は、せいぜい直腸検査とおなじ程度だ」というのは、キングが自ら”飛行機の恐怖”をテーマにしたアンソロジー『死んだら飛べる』(竹書房)のまえがきの言葉。誰もが飛行機旅行が大好きだと思うなよということへの皮肉である。キング作品の端々に、こうした飛行機やテクノロジーそのものへの批評的な態度が姿を表すことがある。

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