大谷能生×吉田雅史が語る、近年の音楽書の傾向とその可能性 「ファクト重視で念入りに検証した批評が増えている」

大谷能生×吉田雅史、音楽書を語る

 

【吉田雅史の音楽書ショートレビュー】

『YMOのONGAKU』

藤井丈司『YMOのONGAKU』(アルテスパブリッシング)

 YMOのアシスタントを務めた音楽プロデューサーの著者が、当時のレコーディングに参加したエンジニア等を招いて、制作現場の秘話からYMOの6枚の名盤に迫る一冊。実際に使用されたトラックシートや譜面から見えてくるのは、緻密な構成と現場での様々なハプニングとマジックの数々。そしてYMOの音楽に迫ることは、シンセやドラムマシン、サンプラーとはなにかに迫ることでもある。

『ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法』

冨田恵一『ナイトフライ 録音芸術の作法と鑑賞法』(DU BOOKS)

 ドナルド・フェイゲンの『ナイトフライ』の歌詞面には触れず、その音楽面や制作面だけを語りつくす一冊。だが一枚のアルバムを語ることで見えてくる景色は、あまりに広大だ。自身が音楽家としての探求を積み重ねてきたからこそ、楽曲のサウンドや楽器パートの分析、レコーディングプロセスからエンジニア・プロデューサー論まで、録音芸術が制作されるあらゆる過程の構造を見事にあぶり出す驚異の書。

『全ロック史』

西崎憲『全ロック史』(人文書院)

 ロックの歴史を一冊にしてしまおうという大胆な試みが、500頁超の分厚さに結実。スラッシュメタルやラップメタルといったサブジャンルにも言及しつつひとつの歴史観を提示するのは容易でなかったはずだが、ブルースからポストロックまでひとつの流れに貫かれる物語は圧巻。同じロック好きといっても多様な領分がある今日、我々個々という点と点を線で結んでくれる一冊。「ロックはアラートである」という指摘も素晴らしい。

『ギャングスター・ラップの歴史 スクーリー・Dからケンドリック・ラマーまで』

 
ソーレン・ベイカー(著)、塚田桂子(翻訳)『ギャングスター・ラップの歴史 スクーリー・Dからケンドリック・ラマーまで』(DU BOOKS)

 BDPのファーストアルバムがギャングスター・ラップの元祖!?『ストレイト・アウタ・コンプトン』やケンドリック・ラマーの成功で再び脚光を浴びたギャングスター・ラップという観点からヒップホップ史をまとめた上げた一冊。西海岸のN.W.AやGファンクだけでなく、ゲットー・ボーイズやマスターP、50セントらを十分に論じながら『ヒップホップ・ジェネレーション』とは全く異なるラップ・ミュージック史観を立ち上げる。

『ヒップホップ・ジェネレーション[新装版]』

ジェフ・チャン(著)、押野素子(翻訳)『ヒップホップ・ジェネレーション[新装版]』(リットーミュージック)

 徹底したジャーナリスティックな視線が、いまだに超定番かつワンアンドオンリーの立ち位置を保持し続けるヒップホップ歴史書。90年代までのニューヨークを中心に広がりゆくヒップホップの歴史が、この一冊に凝縮。どこへ向かうか分からない当時のヒップホップ文化のスリリングな足取りを辿りつつ、読み返す度に新しい発見あり。何といっても読み物として抜群に面白い。

『The Big Payback: The History of the Business of Hip-Hop』

Dan Charnas『The Big Payback: The History of the Business of Hip-Hop』(NAL)

 今日ヒップホップはその黎明期と比較して、あまりに巨大化し、商業化した。それを理由に「ヒップホップは死んだ」という者もいる。しかし一方で、ヒップホップはその誕生時からビジネスと切り離すことはできなかった。そんなビジネス面からヒップホップを分析する本書は、『ヒップホップ・ジェネレーション』を超えんとばかりの徹底的な取材に基づいた、オルタナティヴな視座をくれる一冊。

『Dirty South: OutKast, Lil Wayne, Soulja Boy, and the Southern Rappers Who Reinvented Hip-Hop』

Ben Westhoff『Dirty South: OutKast, Lil Wayne, Soulja Boy, and the Southern Rappers Who Reinvented Hip-Hop』(Chicago Review Press)

 2ライブクルーのマイアミベースからリル・ウェイン、そしてグッチ・メインまで.90年代から2000年代にかけてヒップホップのモードを変えた南部勢に焦点を当てた一冊。なぜサウスを修飾する形容詞は「ダーティ」なのか。「バウンス」とは一体どういうことなのか。その答えがここに。

『エレクトロ・ヴォイス 変声楽器ヴォコーダー/トークボックスの文化史』

デイヴ・トンプキンズ(著)、新井崇嗣(翻訳)『エレクトロ・ヴォイス 変声楽器ヴォコーダー/トークボックスの文化史』(スペースシャワーネットワーク)

  ヴォコーダーという技術/機器ひとつに着目することで、第一次大戦下の世界の政治的緊張状態を描いてみたかと思えば、SFやファンク~テクノ~ヒップホップといった音楽文化まで、幅広くかつ掘り下げて描いた驚異的な一冊。一体自分が何の本を読んでいたのか分からなくなるような、迷い児の快楽に身を任せてほしい。

『ラップ・イヤー・ブック イラスト図解 ヒップホップの歴史を変えたこの年この曲』

アイスT(序文/著)、シェイ・セラーノ(著)、アルトゥーロ・トレス(イラスト)、小林雅明(翻訳)『ラップ・イヤー・ブック イラスト図解 ヒップホップの歴史を変えたこの年この曲』(DU BOOKS)

 1年に1枚しか選べないという制約が、本書を面白くしている。ゴールデンエイジの90年代前半、自分なら一体どのアルバムを選ぶだろう。例えば94年は、ナズとビギ―のどちらを取るのか。既存の解説本と一線を画すイラスト満載の誌面とユーモアの効いた文章はどれも素晴らしく、2000年代以降の大きな流れを知るにも最良の一冊。

『意味も知らずにプログレを語るなかれ』

円堂都司昭『意味も知らずにプログレを語るなかれ』(リットーミュージック)

 コンセプトアルバムも多いプログレというジャンルは、アルバム一枚を通して一冊の小説が持つような世界観を提示する。だからその歌詞世界をも味わわなければ片手落ちで、字幕のない洋画を見るようなものではなかろうか。クリムゾンからイエスまで網羅する本書は、そんな字幕として我々に寄り添ってくれる一冊。楽曲や演奏の複雑から高尚な歌詞を想像していたら、見事に肩透かしを食らうケースもまた一興。

『わが人生の幽霊たち―うつ病、憑在論、失われた未来』

マーク フィッシャー(著)、五井 健太郎(翻訳)『わが人生の幽霊たち―うつ病、憑在論、失われた未来』(Pヴァイン)

 ブリアルの特に初期作品が背負っている名状し難い「見通しの効かない音楽聴取体験」を著者以上に的確に言語化することは容易ではないだろう。著者の唯一無二の慧眼は例えば「牢獄でありペントハウスでもある」自我を持つカニエと、「意志薄弱で優柔不断な性格」のジェイムズ・ブレイクの音楽を接続して「パーティ憑在論」を描いてしまう鮮やかさに表れている。だがその鮮やかさは切実だ。

『悲しい曲の何が悲しいのか:音楽美学と心の哲学』

源河亨『悲しい曲の何が悲しいのか:音楽美学と心の哲学』(慶應義塾大学出版会)

 悲しい音楽を聞くとき、人は本当に悲しんでいるのか。もし本当に悲しんでいるのだとすれば、ネガティヴな思いをしてまで、そんな曲をわざわざ繰り返し聞かないはずだ。だからその悲しさはいわば疑似体験なのではないか。でも一体、どのようなメカニズムで?という謎を解き明かす一冊。現代のMVありきの音楽受容体験と、ペルソナ説の親和性が興味深い。

『ユリイカ 2016年6月号 特集=日本語ラップ』

『ユリイカ 2016年6月号 特集=日本語ラップ』(青土社)

 フリースタイルダンジョンやバトル大会の興隆で、日本語ラップがブームといわれるようになった2016年に発刊。今振り返ってみても、対談で言及されている佐藤雄一のKOHH論以外にも、韻踏み夫による押韻テクスト論、岩下朋世によるラッパーキャラクター論など、日本語ラップ批評の方法論を切り開く論考が充実。豪華メンツのインタビュー込みで永久保存版。

『ゴダール的方法』

平倉圭『ゴダール的方法』(インスクリプト)

 映像の静止画と音声の波形が並列されたダイアグラムを目にした瞬間、魅せられた。ここで開陳されるのは、音と映像の同期とズレの可視化それ自体を目的としない、批評の豊かさ。画面内の左右の動きと音のパンニングの対応/非対応関係や、複数レイヤーのサウンドのミキシングが言語化/視覚化されることで、ソニマージュの背後にある狂気の編集作業に気づかされる。本書を通過してからゴダールを観ると、音が動き出し、映像が聞こえる。

『J・ディラと《ドーナツ》のビート革命』

ジョーダン・ファーガソン(著)、吉田雅史(翻訳)『J・ディラと《ドーナツ》のビート革命』(DU BOOKS)

 ディラのキャリアを彼の革新性と共に振り返りながら、その到達地点としての『ドーナツ』を様々な角度から分析する。様々な関係者インタビューで本人像を浮かび上がらせる前半から、サンプリングネタの歌詞を分析したり、ディラが対峙していた死についてカミュやサイードを引用して論じるというディープな後半まで、幅広い領域と深度の章立てと文体による緻密な構成が、あなたのディラ/ドーナツ観に新たな一ページを加えてくれる。

【大谷能生の音楽書ショートレビュー】

『東京大学のアルバート・アイラー 東大ジャズ講義録・歴史編』

菊地成孔、大谷能生『東京大学のアルバート・アイラー 東大ジャズ講義録・歴史編』(文春文庫)

 もう15年近く前の講義なんですね。「通史」を強引に作ってみる試みでした。毎週、前日夜(というか朝3:00〜5:00)が東京FMの『水曜Wanted!』で、そのまま東大の三限で(13:00〜)この講義やってたという。アタマおかしいのもしょうがない。

『憂鬱と官能を教えた学校』

菊地成孔、大谷能生『憂鬱と官能を教えた学校(上)』(河出書房新社)

 菊地+大谷本第1冊目。当時重度のパニック障害患者だった菊地を家まで毎回迎えに行っていた。受講生の方々にテープ起しをお願いしたところ、そのまま使えるものがほとんどなく、仕方なく大谷が一から書き直し、結果こんな感じの文体になったという。

『M/D マイルス・デューイ・デイヴィスIII世研究』

菊地成孔、大谷能生『M/D マイルス・デューイ・デイヴィスIII世研究(上)』(河出書房新社)

 出版まで紆余曲折(詳しくは前書きに)。そして刊行直後に版元閉鎖という、本作り自体にマイルス・マジックの影響を十分に受けた、ミス、隠蔽、意図的な言い落とし、迂回、両義性に溢れた、引き裂かれ感たっぷりの本で気に入っています。

『アフロ・ディズニー エイゼンシュテインから「オタク=黒人」まで』

菊地成孔、大谷能生『アフロ・ディズニー エイゼンシュテインから「オタク=黒人」まで』(文藝春秋)

 視覚と聴覚の分裂と統合から20世紀文化を考える、という試み。この時期はまだスマホとSNSが普及しておらず、ここで予測された事象をアップデートしてみるのは面白いことかもしれない。菊地+大谷2冊組四部作唯一の未文庫。

『平成日本の音楽の教科書』

大谷能生『平成日本の音楽の教科書』(新曜社)

 せっかく9年も義務教育で音楽習うんだから、楽器の一つくらいみんな出来るよう(な教育体制)にしようよ、という極めてプラグマティックな本です。ここで書かれていることの展開形を現在こちら(zakzak「大谷能生 ニッポンの音楽教育150年間のナゾ」)で、連載中。

『ミックステープ文化論』

小林雅明『ミックステープ文化論』(シンコーミュージック)

 きわめてアンダーグラウンドな音楽文化だった「ミックステープ」に光を当てて、音楽の流通形態の変化とその「音楽」への影響を切り出した快著。勉強になります。

『かたちは思考する: 芸術制作の分析』

平倉圭『かたちは思考する: 芸術制作の分析』(東京大学出版会)

 盟友平倉圭待望の第二著作。行為とその結果の連続がそのまま「思考」の編み上げである、という状態を「記述」すること。大谷も登場しますよー。

『リズムから考えるJ-POP史』

imdkm『リズムから考えるJ-POP史』(blueprint)

 21世紀型新世代音楽ライターimdkm待望の第一著作。「トータルに考える」ことの第一歩としてのテーマの選び方が適切で、ここからさらに研究対象を広げてゆける余地を残しているところが最大の魅力。リズムから考えろ!

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