『ブラッシュアップライフ』が肯定するすべての人生 バカリズムの集大成と言える一作に

『ブラッシュアップライフ』が肯定する人生

 回を増すごとに面白さにドライブがかかってきている『ブラッシュアップライフ』(日本テレビ系)が、折り返し地点を過ぎた。2度目の死を経て、人生3周目に突入した麻美(安藤サクラ)は日本テレビの社員となり、ドラマ制作部に配属されて7年が経つ。自らの“転生体験”を活かして麻美が企画した劇中ドラマ『ブラッシュアップライフ』が、いよいよ実現しようというところだ。第5話で描かれた「本打ち」(脚本打ち合わせ)におけるスタッフ間のやりとりがまた、ふるっている。

「どうせやり直すなら、もっと派手な事件とか起こったほうがいいですよね」
「普通に考えたら人生2周目って、相当優秀な人材になると思うんですよね」
「せっかく未来がわかるんだし、もっとこう、死んでしまった親友の命を救うとか、それぐらいはやりたいですよね」

 こうした、いわゆる「目をひくエピソード」「“映える”展開」は、このドラマ本編の中では起こらない。麻美はノーベル賞を獲らないし、飛行機事故は起こらないし、救世主にもならない。2度の「人生やり直し」を経て、市役所職員、薬剤師、テレビ局社員と、職業は変わったが、基本、麻美の人生はそんなに大きく変化しない。首都圏郊外で生まれ育った近藤麻美が、幼なじみの美穂(木南晴夏)、夏希(夏帆)といつものイタリアンレストランや、国道沿いのラウンドワンで駄弁るトピックは、何度生まれ変わっても変わらない。しかし、「ごく普通の人の生活」から、社会が見えてくる。

 劇中ドラマの「本打ち」で麻美が受けた「これでは地味すぎる」「もっと派手な仕掛けを」という“ダメ出し”の根拠は、「マーケティング至上主義」だ。こうした「マーケティング」や「戦略」を軸としていないところに、本作の「洗練性」があり、「作り手が本当に面白いと思って作れば、ちゃんと受け入れられる」という希望を感じさせてくれる。

 とにかく、台詞が面白い。麻美、美穂、夏希の日常会話、言うなれば「しょーもない」会話なのだけれど、観ているこちらは、陰から覗いてこの3人の会話をずっと聞いていたくなる。この、抜群のリアリティはどこからくるのかと考えたとき筆者は、脚本をつとめるバカリズムがかつて語っていた、「学生時代のカフェ通い」のエピソードを思い出した。

 芸人を志しながら日本映画専門学校(現・日本映画大学)に通っていた10代のバカリズムは、同じクラスの女子たちとおしゃれなカフェに行き、半日つぶすのが日課だったという。そこでスケッチした「女子の会話」「女子の生態」。これらが、駆け出しの頃バカリズムが正体を明かさずOLになりすまして日常を綴ったブログ『架空升野日記』、そしてその後ドラマ化された『架空OL日記』(読売テレビ・日本テレビ系)で形となり、のちに『ブラッシュアップライフ』へと“ブラッシュアップ”されていったのではないだろうか。つまり「女性のリアルな日常」を描くバカリズムの手腕は、一朝一夕で培われたものではない。筋金入りなのだ。

 また、数年前にバカリズムがラジオ番組で語っていた「トクちゃんの話」をも思い出してしまった。日本映画学校のクラスメイトで、バカリズムと同じくお笑い芸人を目指していた「トクちゃん」という男がいた。しかし彼は他の芸人のネタを拝借して笑いをとるような、「クラスの人気者」程度の、はっきり言って才能のない男だっだ。

 トクちゃんから「自分のネタを見て批評してほしい」と懇願されたバカリズムは、なぜトクちゃんの「芸」がダメなのか、ゼロからものを作り出すことの厳しさついて、笑いとは何か、芸人とは何か、プロとは何かを、彼の真骨頂である「理詰め」で、ぐうのねも出ないほどに説いた。結局トクちゃんは芸人になることを諦めたという。成人の日に、福ちゃんこと福田(染谷将太)がプロのミュージシャンにはなれない理由を、麻美が(妄想の中で)懇々と諭すシーンを見て、つい「トクちゃんの話」が頭をよぎった。

 そして「トクちゃんの話」をしながら、それを自らの「嫌らしさ」であると客観視していたバカリズムの「自己理解」は、「体育会系の暴力性と文化系のねちっこさを兼ね備える社会科教師」、ミタコングこと三田(鈴木浩介)の造形に影響していると思えなくもない。

 ちなみに、専門学校時代にクラスメイトの女子とカフェ通いを日課としていたバカリズムだが、遡って高校時代には強豪校の野球部に所属し、そのうえゴリゴリの武闘派として鳴らしたという。恋仲となった宮岡(野間口徹)が妻帯者であると、麻美から告げられた玲奈(黒木華)がガチギレて宮岡に電話をし、即行でかっこよく別れた後にカラオケでヘドバンしながら歌う姿に、バカリズムの「武闘派成分」が、多少注入されているのかもしれない。

 「カフェ通い」も「トクちゃんの話」も、バカリズムの芸風や創作の源泉のうちの、ほんの「数滴」に過ぎない。しかし、こうした若かりし頃の逸話、そしてもちろん、芸人としてのネタから見て取れる、彼の常軌を逸した「人間観察」のスキル、誰も着目しないところに目を向けて本質を掘り起こす「分析力」に、改めて慄く。そして、『ブラッシュアップライフ』はそんなバカリズムの、脚本家としての現時点での集大成と言っていいのではないだろうか。

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