“親友”が“仇敵”に変わる瞬間とは? 「大奥の御幽筆」クライマックス目前にシリーズの核心へ迫る最新刊を解説


ことのは文庫がおくる人気シリーズ、菊川あすか『大奥の御幽筆』の新刊が2025年1月20日に刊行された。
本作の舞台は、江戸時代の大奥。生まれつき亡霊が見える目を持つ里沙は大奥で起こる怪事を解決して記録する「御幽筆」となり、記憶の無い亡霊・佐之介とともに亡霊たちが抱える心残りを繙いて成仏するための手助けをしている。生きている間は果たせなかった人の心残りが持つ切なさと、誰かのために心を尽くす優しさが魅力の物語だ。
今回は、3巻まで読んだときから続刊を心待ちにしていた本シリーズ4巻めとなる新刊『大奥の御幽筆 偽りの闇と真の燈火』について紹介したい。
シリーズの核心・左之介の記憶に迫る4巻
徳川家康の江戸城入城に由来する式日・八朔を迎えた大奥。どこか華やいだ雰囲気の大奥で仕事に励む里沙は、この頃佐之介がどこか陰りを帯びて見えるのを心配していた。そんな不安が的中するかのように、「日が暮れる頃には戻る」と言って出掛けたはずの佐之介は夜になっても帰ってこなかった……。
『偽りの闇と真の燈火』では、これまで見え隠れしていた佐之介の失われた記憶に焦点が当てられる。これまでの巻においても、里沙が生きる江戸よりもかなり前に命を落とした彼が何らかの心残りを持っていることが断片的に示されていた。
4巻では、佐之介に恨みを持つ亡霊・恭次郎が登場。悪意を持って亡霊たちを操って事件を引き起こしてきた僧侶・日尚を追い智泉院を訪ねた佐之介は、自分と同じく亡霊になった恭次郎と再会する。確かに彼を知っていると思うのに詳細には思い出せない佐之介の記憶を、里沙と同じく亡霊を視る力を持つ日尚が呼び起こしていく。
佐之介の記憶は、穏やかな幼少期から語られる。家族とのあたたかい暮らしや尊敬する父のように立派な武士になりたいと願う佐之介の様子に和まされるものの、読者は誠実で心優しい佐之介の目を通した記憶の中にちらほらと滲む不穏さを感じ取る。
佐之介には、幼い頃からの親友がいた。もともと父親同士の役職も同じであり、近所に暮らしていた恭次郎と佐之介は、父親たちがそうであるように年を重ねても友人関係が続いていくはずだった。――恭次郎の父が辻斬りの下手人として捕まるまでは。
恭次郎の父が罪を犯したことをきっかけに、親友同士の関係は変化せざるを得ない。これまでと変わらず友人だと告げる佐之介の言葉は本心からのものだが、かといって父と兄が自死し、妹を養子に出して心を壊した母を世話する恭次郎が素直に受け止められるのかと言えば違う。そして、佐之介の周囲でも次々と悲しい事件が起こる。
仲の良い友人同士の間でも、羨みの気持ちが生じることはある。自分と似た境遇なのに、どうして向こうだけが恵まれているように感じてしまうのか。なぜ、素直に友人の幸せを祝福できないのか。なぜ、思い悩むのは自分だけなのか……。
佐之介の記憶を通して、著者はなかなか折り合いをつけられない感情が降り積もって心の澱となる苦しさを的確に捉えて描写する。佐之介と恭次郎、彼らの父親同士の間にある感情は複雑で、けれども大なり小なり誰しも心当たりのあるものだ。巻を増すにつれて著者の筆は冴え渡り、二度と巻き戻ることのない過去の痛みが、人々の感情がページを超えて胸に迫ってくる。
一方、佐之介を心配する里沙のもとには、2巻で登場した和菓子屋で働く少年・千二郞から相談が寄せられる。その相談とは、料理屋の娘・律が夢に見る前世の兄を助けて欲しいというもの。詳細を聞きに律のもとを訪れた里沙は、彼女の口から佐之介の名を聞いて驚く。そうして、佐之介の記憶と里沙の現在は交差していくこととなる。
里沙の成長が頼もしい本シリーズも、今夏完結
里沙は真面目で心優しい少女だが、亡霊を視る力を持つことで虐げられてきた分、大人しく縮こまっているところがあった。そんな彼女も巻を増すにつれて成長し、過去を思い出した佐之介が里沙に迷惑をかけまいと別れを告げようとしたときにも、躊躇することなく佐之介の側を離れないと伝える。
里沙の成長が眩しい分、気になるのは亡霊である佐之介との関係だ。佐之介は里沙よりも130年以上前に生きていた亡霊で、日尚が糸を引く恭次郎との再会から始まる一件が終結すれば、おそらく彼の未練はなくなりこの世から消えてしまう。里沙は佐之介を見送る決意をしているように思われるが、一読者としてはどうにかして二人が一緒に過ごせる未来はないかと考えずにはいられない。
4巻では、佐之介の記憶とともに里沙の力についても新たな事実が明かされる。里沙と、彼女と同じ力を持ちながらも悪に走る日尚は鏡合わせのような存在だ。4巻を読みながら、このシリーズが持つ切なくもあたたかい色は、里沙という心優しい少女が主人公だからこそなのだと改めて感じた。佐之介と恭次郎の記憶のズレ、お互いを大切に想いながらも別離の予感が漂う里沙と佐之介の関係が気になって止まない。
そんな魅力溢れる本シリーズは、2026年初夏に刊行予定の5巻でいよいよ完結となる。
あと1巻で終わるのは名残惜しい気もしつつ、著者が描く結末を楽しみに待ちたい。シリーズ未読の方は、今から読み始めれば最終5巻の刊行に間に合う。ぜひ手に取って、江戸時代の文化風俗を巧みに織り込みながら人の心を描き出す、この魅力的な物語を読み始めてみてほしい。
■『大奥の御幽筆』特設サイト:https://kotonohabunko.jp/special/ohoku/






















