「泣く」という行為を自分を奮い立たせる原動力にーー金子ユミ『浅草楼閣十三階 山姥の愚痴庵』インタビュー

金子ユミ『山姥の愚痴庵』インタビュー
『浅草楼閣十三階 山姥の愚痴庵』(金子ユミ/ことのは文庫)

 オトナ女子のための文芸レーベル「このとは文庫」から『浅草楼閣十三階 山姥の愚痴庵』(金子ユミ)が発刊された。

 浅草が舞台となった本作は、売れないお笑い芸人の海野カツオが明治時代に竣工された浅草楼閣の13階にある「愚痴庵」の破天荒な山姥たちと出会い、魅了されながら、浅草を狙う敵や浅草最大のお祭り「三社祭」に巻き込まれていくリアルファンタジー・ストーリー。

 今回は作者の金子ユミに、本作の執筆に至るきっかけから登場人物について、執筆時のこだわりなどの制作秘話を聞いた。

主人公・カツオより先に出来上がった舞台・浅草

――今作の執筆のいきさつについて教えてください。

金子ユミ 浅草某所で撮影。

金子:規格外に強い女性がエンパワーメントする物語を書きたいなと思ったのがきっかけでした。以前、『デンデラ』という映画のキービジュアルを見た時からそう思っていて、今回、ことのは文庫さんとお仕事させていただくことが決まった時に、そういえばと思い出して。強い女性を書いてみたいというところから、山姥が思い浮かびました。

――浅草を舞台にしようと思われたのは?

金子:渋谷とか新宿はスピーディに整えられている印象がありますが、浅草は整えようとしても絶対に整わないノスタルジックさがある。個人的にも好きな街で、年に何度か訪れますし、雷門であるとか変わらない場所が多くあるその街を舞台にした物語に挑戦してみたいなと思いました。

 だから、正直なところ、主人公の海野カツオくんは後付けで出てきたものなんです。浅草を舞台にした山姥の出てくる話というおおまかな設定を作ったあとは展開を決め込まず、とりあえずカツオくんを浅草楼閣に向かわせて山姥と対峙して起きる化学反応を見ながら、物語を動かしていきました。

――登場人物たちも魅力的なキャラクターばかりだったので、最初から決め込んでいたのかと思っていました。

金子:いえいえ、全然(笑)。最初から決めていた登場人物はカツオくんと山姥の4人、あと各話に出てくる子供たちなどの人物、敵対する人物くらいで、ほかのキャラクターはカツオくんが出会うたびに作っていったと言いますか。頭の中に映画的なカットを思い浮かべたり、どうすれば読者の方に楽しんでもらえるのかを想像したりしながら、登場人物それぞれを配置していきました。

 物語に登場する浅草楼閣は、大正時代に実在した凌雲閣をモチーフとしています。実物は関東大震災の時になくなってしまったのですが、今作では災害や戦時中の空襲も乗り越えて残ったという設定にして。実際の建物は12階建だったのを、凌雲閣に対する畏敬としてもう1階足して13階にしました。そこから、浅草楼閣の1階から13階までの見取り図を自分で書いて、このお店がこの階で店主はこの人でっていうのを整理しながら、物語にまとめていったんです。本の冒頭にその紹介ページを入れてもらっているので、見ながら読んでいただけると嬉しいですね。

快活にインタビューに答えてくれた。

――カツオくんを売れないお笑い芸人としたのは?

金子:浅草って芸能の街というイメージがありますし、寄席を始め劇場もたくさんある。ビートたけしさんなど浅草のイメージがある芸人さんも多いですよね。それに、お笑い芸人って過酷な職業じゃないですか、実際に芸人になった友人が1人いるのですが、別の作品で取材させてもらった時に話を聞いて、あまりにも大変な世界だなと感じたんです。カツオくんのような泣き虫な男の子に、もう1つ何かしら境遇を与えたら、山姥に救ってもらうという方向性にも緊迫感が出るだろうというところからそうしました。

カツオは「泣くことで自分自身を動かす」キャラ

――読み進めていくと、カツオくんの過去や育った環境なども明らかになっていきます。

金子:彼の性格を考えた時に、家族にも愛されている非常に恵まれた環境だったからこそのコンプレックスを持っているとしたほうが、主人公として愛されるのではと考えたんです。

――ああいう生い立ちがあるからこそ、ゼロから笑いを生み出すお笑い芸人になったというか。カツオという人物の説得力につながっていると感じました。

金子:それならよかったです。明るい話にしたかったですし、ギャップを狙いたかったというのもありました。カツオくんはすごく涙もろい子なのですが、泣いて他者を動かすのではなく、泣くことで自分自身を動かす子にしたかったんです。周りからは「また泣いてる」と言いながらほっとかれているのはそういうことで、「泣く」という行為を自分を奮い立たせる原動力に変えられる前向きな子にしたかったんです。男の子が泣くって、なんだかいいですしね。

アクリルスタンドは金子が自作したそう。

――浅草の街や三社祭など、情景が浮かぶ丁寧な描写も印象的でした。執筆にあたっては、どんな準備をされたのですか。

金子:多くの資料に目を通しました。国会図書館のデーターベースで閲覧できる限り、浅草の歴史や三社祭について調べて。例えば、お神輿がどういうものなのか。もちろんなんとなくは知っていますけど、歴史や由来を知っておかないと物語に奥行きが出ないだろうと思ったんです。

 いろいろと調べた中から物語に使えそうなものをピックアップしたのち、実際、浅草にも足を運びました。浅草神社に行った時は偶然にもお神輿が出されていて。近くにいた地元の方に「これって修理は誰がするんですか?」と聞いたところ、戦後は行ってないとのことで。お神輿って細かいパーツがたくさん必要らしく、今はその全てを直せる人がいないというのを聞いて、なるほどと思ったりしました。

次回作では「女性が戦車に」? 作家・金子ユミの創作論

――執筆にあたって、特にこだわったところは?

金子:先ほども話した通り、必ず現物を見るということですね。浅草にしても必ず見たものをリアルに描写して、全体を見てここはいらないなと思ったところは削って軽くしていきました。見て感じたものが一番大事だと思っているので、メモは取らず、写真だけ撮るようにしていましたが、三社祭の描写と漫才の台本は本当に大変でした。

 三社祭には一度も行ったことがなくて。執筆前にも行くタイミングを逃してしまったので、先ほども話したように資料をたくさん読み込みながら、YouTubeのライブ配信とかコンパクトにまとめた動画などを執筆中にずっと流していました。ですが、実際見られなかったことで、自分の中で正解がどこにあるかがわからなくなってしまい、かなり悩みました。

ならではの「ノスタルジック」さが浅草にはある。

 漫才については、お笑いをやっていらっしゃる方々って脚本力にも長けているじゃないですか。ただ、私自身はまったくお笑いの素養がないですし、もちろんネタの台本なんて書いたことがないので、3日くらい、うろうろとしながら考えたりして。芸人さんの漫才もたくさん見ましたね。一番参考にしたのは、サンドウィッチマンの漫才でした。読んでくださる方々は果たしてどう思うんだろう、面白がってもらえるんだろうかと悩みながら仕上げたものを、担当編集の方に面白いと言ってもらえた時は安心しました。

 4話は困難の連続で、1つ山を超えたと思ったらまた新たな山が現れるという状態で。とはいえ、泣きながら書き進める中で“神が降りた”瞬間もありました。

――神が降りた瞬間。実際に読んで、このことか! と実感してもらいたいですね。そもそも、ファンタジー作品はお好きですか?

金子:正直なところ、ノンファンタジーのほうが好きなんです。ただ、ファンタジー作品は普段かけているブレーキをガッと外すことができる良さがある。例えば、山姥の言っていることは現実社会だと何かしらのハラスメントになる可能性もありますが、ファンタジックな世界の中で山姥という空想上の人物が放つ言葉だからこそ、前向きなエネルギーに変えられる。それは非常に楽しい執筆体験でしたし、ファンタジーもいいなと思いましたね。

――物語を執筆するにあたって、モットーとしていることはありますか。

金子:どんなテーマの作品でも弱かったり、虐げられたりしている人がちゃんと報われるものにしたいとは思っています。今の世の中ってわからないことが怖くて、だからこそ傷つけ合う世界になってしまっている。わからないことに想像力を働かせることってすごく大事じゃないですか。だから、自分に見えないものをないものとせず、世界は広いというところを意識して、他者への想像力を持ってもらえるようなお話を書きたいなと。自分への戒めも含めて、そう思っています。

――描くことによって、金子先生自身も新たな気づきを得ていると。

金子:そうですね。いろんなテーマを題材としていると、やはり知るところから始まるので、日々勉強だなと思っています。

――今後書いてみたいテーマはありますか?

金子:さらに強い女性が出てくるお話でしょうか。歴史的に見ても、女性は長年、弱い立場にあるので、女性がエンパワーメントされるお話――例えば女性が戦車になってしまうようなファンタジー作品もいいなと。ヒーローものももちろん大好きですが、普通の人がちょっとした力を得て、ちょっとだけ幸せになるお話にも心を打たれてしまうので、専業主婦とかおばあちゃん、いっそのこと幼女とかをとんでもなくたくましくなれる存在にできるお話が書いてみたいですね。

浅草を散策する金子ユミ。

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