能力主義からの脱却、キーワードは「持ち味」ーー勅使川原真衣 × レジーが考える、新たな組織のあり方

勅使川原真衣×レジーが考える組織のあり方
勅使川原真衣『「働く」を問い直す』(日経BP)

 現代の職場では、「成長しなければ」「潰しが効く人材にならなければ」という圧が、いつの間にか空気のように漂っている。だがその“成長”は、万能化や自己責任を強めるかたちで、むしろ私たちの働きやすさを奪ってはいないか――。

 勅使川原真衣の新刊『「働く」を問い直す』(日経BP)が投げかけるのは、能力主義をめぐる単純化への抵抗と、人それぞれの「持ち味」から仕事や組織を編み直す視点だ。

 誰もが頑張っているのに、なぜ組織はうまくいかないのか、どうして職場はギスギスしてしまうのかーーその要因として「古い能力主義」の問題点を、若手社員、中間管理職、経営者、人事担当者といったさまざまな視点から洗い出し、社員それぞれの「持ち味」を活かす新たな組織のあり方をわかりやすく提示する一冊である。

 対談相手は、『東大生はなぜコンサルを目指すのか』(集英社新書)などの著作で「成長」至上主義の空気を批評してきたレジー。話題は働き方から教育、SNS、ケア、AIにまで広がりながら、最後は“能力の評価軸が揺らぐ時代”をどう生きるかへと接続していく。

人それぞれの「持ち味」に着目

レジー:『「働く」を問い直す』を拝読しました。非常に面白かったです。勅使川原さんの問題意識は、最初の著作『「能力」の生きづらさをほぐす』(どく社、2022年)から一貫していて、ベースには「組織において有能とされる“絶対的な能力”などは存在しない」という考え方がありますよね。今回の著書『「働く」を問い直す』では、そうした考え方が、すごく具体的な内容にまで落とし込まれていて、なるほどと感心しました。

 また、ビジネス書の体裁の本になると、読み手も「これをやればOK」みたいなハウツーを求めがちじゃないですか。でもこの本は、そこで終わらずに「これから先の時代の働き方は、一緒に考えましょう」というメッセージが込められている。単なるハウツーに行きすぎないバランスがすごく良かったです。

勅使川原:ありがとうございます。今回の本はいろんなレイヤーの読者に向けて、わかりやすく書いていこうという意識はありました。レジーさんは『東大生はなぜコンサルを目指すのか』の中で、昨今のエリートは「成長」という概念に捉われるあまり、自分の軸を見失っている人が多いのではないかと問題提起していました。その視点から、本書の中で注目したポイントはありましたか。

レジー:組織は単純化された個々の「能力」ではなくて、人それぞれの「持ち味」に着目して組み合わせることが大切だと説かれていた話がすごく良かったです。とても大事な考え方だし、でも実際には難しいところだなと感じながら読んでいました。会社の組織作りだと、どうしても組織のゴールに必要な能力とそうでない能力を簡単に仕分けしてしまいがちで、人それぞれの凹凸をどう認めるかという観点は抜けやすいです。結果的に、勅使川原さんの提示する「競争から共創へ」という考え方には至り難い。

勅使川原:レジーさんが問題視する「成長」という概念は、成長することが絶対的に正しいものとされている点で「持ち味」とはほとんど真逆の概念ですよね。「成長」という言葉の背景には、能力主義にいかに適応するかという考え方があるけれど、「持ち味」はその人が本来持っている考え方や行動の癖に合わせて、組織の組み立て方を考えようという発想です。

レジー:そうですね。自分はよく「フォワードに守備をさせていて良くない」みたいな言い方をするのですが、アイデアを広げるのが得意な人と、物事を慎重に進めるのが得意な人って、その良さを生かせる仕事がそれぞれに存在するじゃないですか。ところが実際には、たまたまその人の手が空いてるからなどの理由で、本来その人が得意とするものとは逆の仕事が振られて、結果的にストレスになってるケースを日常的によく見ます。

勅使川原:そういう事例は本当にたくさんあります。しかも若い人ほど、ディフェンスが上手くなることを「成長」だと思っていないところがある。能力主義的な発想だと、たとえば営業でバンバン仕事を取ってくるタイプが有能に見えるかもしれないけれど、目立たないポジションでコツコツ仕事をするタイプだって会社には必要で、そういう仕事に熟達することも本来は「成長」なんですよね。

レジー:たしかに能力主義では「営業ができない=成長してない=価値がない」みたいな空気感があるように思います。数字に直結するとか、名前が出る仕事とか、勅使川原さんの本で言うところの“アクセル側”が評価されやすい。

適性検査の性格特性パートの結果をもとに、横軸を「アクセルタイプ」か「ブレーキタイプ」か、縦軸を「社会性を重視する」か「自身の情動を重視する」かでプロットした図。『「働く」を問い直す』P156より。

勅使川原:組織が人それぞれの持ち味に気づいて、それを組み合わせて成果を出していくのは、個人の「成長」というよりむしろ組織の「成熟」というイメージに近い。そうした成熟した組織とはどのようなものかを提示するのが、本書で目指したところです。

「問い直す時間もエネルギーもない」問題

レジー:勅使川原さんにはベースとなる問題意識があって、それをさまざまな媒体や連載の形に合わせて書き分けている印象があります。実際のところ、古い一元的な能力主義への問題意識は社会全体で高まっていますか。また、能力主義から脱する企業は増えていると思いますか。

勅使川原:能力主義から脱却すべきだという意識は少しずつ浸透しつつも、まだまだだと思います。能力主義への言及自体は増えたと思いますが、実際にエリートとされる人たちの前で講演会などをすると必ず「僕らの頑張りを否定するんですか」とか、「その通りにやったら国力が下がる」という意見をいただきます。だから伝え方も調整していて、「脱・能力主義」と言うと反発が強いから、「関係論的能力主義」と言い換えたりしています。

レジー:おそらくエリートの方々からすると、自分たちがやってきたことを否定された感じがするんでしょうね。でも、勅使川原さんは合理的な帰結として、かつての能力主義ではこれからの組織づくりには限界があるということを指摘している。

勅使川原:そうですね。一部の大企業を除いて、どこもかしこも人手不足な中で「能力の高い人を集めればいい」とか「優秀な人が力を発揮できるような体制を整えることが大切」という発想では、もはや立ち行かなかくなっているのは事実でしょう。ただ一方で、そもそも能力主義を問い直す余裕さえない人が増えている、という問題もある。すっかり疲弊していて、みんな思考をベルトコンベアに乗せたがっているというか。だからこそ、今回の本のように、わかりやすい形で伝えることも大事かなと思っています。

“選択肢を増やす=成長”の落とし穴

勅使川原:面白いのは、一般的な「成長」って、バリエーションを増やすこと=選択肢を増やすことだと思われてるじゃないですか。でも、選択肢が増えた方が安心するという状態自体が、よく考えると不思議ですよね。

レジー:手札をたくさん持っておきたいという感覚があるんでしょうね。「これがダメでも、次はこれができる」みたいな。僕の本でも指摘したことですが、結局それは「成長」したいんじゃなくて「安心」したいんですよね。

勅使川原:でも、その“潰しが効く”って考え方は、汎用性というよりむしろ凡庸性に繋がっていく可能性があります。「どこの会社に行ってもある程度通用する」ような能力をみんなが一斉に身につけようとしたら、差別化どころか、非常に間口の狭い競争になりかねません。

レジー:本書の「つぶしが効くスキルの落とし穴」という節で指摘されていましたね。すごく刺さりました。みんなが「これがいい」って言う手札を持とうとすると、特徴的な尖りを持たない量産型になる。結局、ツルツルの円がいっぱいあっても組み合わさらないし、組織としての強さには繋がらないということですね。

勅使川原:凹凸がないとレゴブロックにならないから、そもそも遊べないんです。つまり“噛み合う”にはむしろ凹凸が必要なんですよね。今はまだ分業前提で考えてない=個体能力主義になってる。結局、学校教育からずっと「一人ひとりがもっと賢く強くなれば世の中は良くなる」というモデルでやってきている。しかも「個性を大事に」って言いながら、良い個性/悪い個性をあらかじめ決めて、個性すら能力化してしまう現状があります。

レジー:「個性」もなかなか揉みがいがある言葉ですね……。

勅使川原:学校教育の標語は「まとめる・揃える・整える」で、結局のところ管理のしやすさが優先されているんです。下駄箱や机の乱れ=心の乱れ、みたいな態度主義=見え方主義がずっと続いてる。私は昔から姿勢が悪くて、授業中もちゃんと聞いているんだけれど、そうは見えないのかよく怒られていました。だから未だに「まとめる・揃える・整える」という価値観に抵抗があるのかもしれない(笑)。

レジー:態度主義、見え方主義、どちらもその人の持っている個性の良し悪しを判断するために使われるものですね。わかりやすい管理の仕組みが何を隠蔽しているかみたいなことは意識したいと思っています。が、ここでもさっきの「そもそも問い直す余裕がない」という話とつながるのが難しいところです。

ネガティブ・ケイパビリティのパラドックス

勅使川原:昨日たまたま経営学者のヘンリー・ミンツバーグ氏と討論させていただく機会があったのですが、驚くべきことにミンツバーグは50年も前から「単純化するな、二項対立の罠にはまるな」って指摘しているんです。そこで考えたんですけれど、人は物事を二項対立で据えてしまうものだけれど、大事なのは右か左かではなく、意識的に“左右を行き来し続ける”ことで、そこではじめて複雑性を保つことができるんじゃないかということです。

レジー:50年前から指摘されているのに、未だに人間は単純化してしまうし、二項対立の罠にはまっているということでもあって、なかなか複雑な心境です(笑)。

勅使川原:わかりやすくしないと本も売れないし、政党だって支持を得られない。そこが難しいところですね。たとえば、「不確実なものや未解決のものを受容する能力=ネガティブ・ケイパビリティが大事」とは言われているけれど、そういう風に言語化した瞬間に、それ自体が“曖昧じゃないメッセージ”になってしまうというパラドックスもある。

レジー:“言語化の罠”ですね。でも、行き来すること自体が大事だという考え方にはすごく共感します。僕が会社員と物書きを両方続けているうえでも「行き来」は大事にしています。たまに「独立しないんですか」みたいなことを聞かれるのですが、自分としては会社員という立場だからこそ書けることもあるし、逆に物書きをやっているからこそ会社員を楽しめている側面もあるので、どちらかに絞るというのは今のところ考えづらいんですよね。矛盾を抱えたまま生きるのが本来の人間だし、異なる立場を行き来することで初めて理解できることもあると日々感じています。だけど昨今は、SNSに過去の発言が残る世の中なので、「お前、昔こう言ってたじゃん」と揚げ足を取られやすい。過度に一貫性を求められるというか、そうじゃないと叩かれる構造になっていると思います。

勅使川原:最近「スタンス」「ポジション(ポジショニング)」って言葉を聞くことが増えましたよね。右か左か、どっち側かを決め込むような圧がある。でも、別にどっちでもないことってたくさんありますよね。

レジー:討論=勝つか負けるかが大事で、論破すれば偉いという見方が強くなっているのかもしれませんね。それも能力主義的な発想なのかもしれません。

「ケア」は能力主義(条件付きの愛)への対抗概念

レジー:本書の中では、昨今よく言われる「ケア」の概念も出てきます。組織の中で社員それぞれに対する「ケア」を実現することが大事で、評価項目の中に具体的に入れていくことで、能力主義的な組織から脱却することに繋がると。勅使川原さんは「ケア」という概念をどう定義づけていますか。

勅使川原:能力主義は「条件付きの愛」で、ケアは「無条件の愛」という風に定義づけています。能力や立場に関係なく、存在そのものを承認するという考え方です。能力主義は、結局のところ「能力が高い人がたくさん報酬を得る」という配分原理だから、他者を認めると自分の取り分が減るんです。だからお互いに認め合わず、ギスギスした職場になっていく。一方でケアは奪い合わないで、認め合うことによって組織を強くして、結果的にみんなの取り分が増えていくんじゃないか、っていう仮説です。

レジー:成長を大事にするような会社だとこういう話はすぐ「フィードバック」や「1on1」みたいな仕組みに回収されがちに思います。でも、勅使川原さんの言う「ケア」はそういうことではないですよね。まずその人の存在を認めることが前提にあって、お互いの信頼関係を醸成することで、「持ち味」を活かし合う組織を作ろうという発想。

勅使川原:そうですね。だから、私のクライアント先の事業会社でも「1on1」で「最近、髪切った?」みたいな話ばかりしがちなケースも(笑)。

ジョブ型と「持ち味」は両立するのか?

レジー:一方で本書では、企業が社員を組織の一員として採用する日本的な「メンバーシップ型」の雇用に対して、欧米で一般化されている「ジョブ型」の雇用の可能性についても触れています。ジョブ型の雇用は、職務要件を明確に定義した上で雇用するものですが、これは先ほどの「持ち味」の議論と整合しづらくなる部分もあるのかなと感じました。

勅使川原:日本では、メンバーシップ型の雇用で職務要件を曖昧にしてきた結果として、どこまでが社員の仕事かが線引きできず、長時間労働や休みにくさが生まれている面もある。だからジョブ型の雇用による成果責任の言語化自体は、苦労を減らす可能性があると言えるでしょう。持ち味との整合で言えば、持ち味と職務要件が近いほど“自然体”でいられて、個々の力が発揮できるのではないかと考えていますが、この辺りは仰るようにまだ研究が必要なところです。

レジー:今おっしゃっていた自然体という言い方はすごく良いと思います。「自分らしさ」と言うとチープに聞こえる瞬間があるけど、自然体は文字通りだし、僕も積極的に使っていきたいと思います。

勅使川原:ぜひ使ってください! 結局、自然体というのは、素質や持ち味が“効き手”だとすると、右利きには右手で書かせた方がいい、ということです。でも職務要件が左利きを求めてると、字は下手になる。10分でも一緒に仕事すれば効き手は見えるはずで、SPIとかも本当は選抜じゃなくて“組み合わせ(配置)”のために使うべきなんですよね。

「持ち味」はAI時代にこそ輝く

レジー:人それぞれの「持ち味」を重視して組織を作るという発想は、今後AIがさらなる発展を遂げたときも有効かもしれませんね。AIが今後どこまで進化するかわからないのであくまでも現時点での話にはなりますが、人間ならではの「持ち味」自体がAIへのカウンターになりうるし、逆に「持ち味」の抽出をAIが手伝う可能性もある。たとえば面接時のやり取りをAIに読ませて、その人に合った職務要件の叩き台を作ったりもできそうです。

勅使川原:AIか人間かという二項対立にしがちだけど、そうではない形で双方を活かす形はあるはずですよね。

レジー: AIで社会の構造を変える過程で、これまで個人の「能力」として高く評価されていたものの基準が揺らぐと思います。それによって一元化された能力主義の限界が顕在化する予感がしますし、そうした状況でこそ「持ち味」が見直されそうです。

勅使川原:フィジカルやメンタルの特性とか、あとは人柄とか。いずれは“性格の良さ”みたいなものが、社会的にもさらに重視される可能性もあります。

レジー:最後に求められるのはロジカルシンキングの上手い人ではなくて優しくていい人、みたいな話はビジネスシーンでも今後出てきそうですね。結局、奪い合わないで認め合う方向に、働き方を組み替えないといけないんでしょうね。

勅使川原:「持ち味」というのは、社会の変化の揺らぎを受け止められるフレームでもあるんです。じゃあ、こうした考え方をどう広めていくか。今日のレジーさんとのお話では、そのヒントがたくさんありました。ありがとうございます。

レジー:こちらこそ、ありがとうございました。

■書誌情報
『「働く」を問い直す 誰も取り残さない組織開発』
著者:勅使川原真衣
価格:1,870円
発売日:2025年11月7日
出版社:日経BP

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