三谷幸喜 × 山崎怜奈が語り合う、アガサ・クリスティー作品の魅力 ドラマ「古畑任三郎」脚本への影響とは?

三谷幸喜×山崎怜奈、クリスティー対談

 早川書房の創立80周年を記念するイベント「ハヤカワまつり」が、9月14日と15日に東京・神保町の出版クラブビルで開かれた。同イベントでは、早川書房の歴史を彩る貴重な品の展示や、80周年フェアの本を題材にしたビブリオバトルといった催しのほか、ハヤカワの新人賞出身者である小川哲と逢坂冬馬の対談など、さまざまなトークイベントも行われた。本稿では、9月14日に行われた劇作家の三谷幸喜とタレントの山崎怜奈がアガサ・クリスティーについて語った対談の模様をお届けする。(編集部)

参考:小川哲 × 逢坂冬馬が語り合う、早川書房の魅力 創立80周年記念イベント「ハヤカワまつり」レポ

図書委員の受付をしていた時にクリスティーと出会った―山崎怜奈

三谷:山崎さんがはじめてアガサ・クリスティー作品を読んだのはいつ頃のことだったのですか?

山崎:小学校と中学校の時に図書委員だったのですが、受付の担当をしている最中、図書室にある気になった本を片っ端から読んでいったんですね。その中の1つにアガサ・クリスティーの作品がありました。

三谷:読書好きの図書委員、というイメージそのものですね。その時に読んだクリスティー作品はハヤカワ文庫だったんですか?

山崎:確か早川書房から出ているクリスティー文庫で読んだと思います。図書館の本棚にずらりと並んでいた記憶があるので。それこそ『オリエント急行殺人事件』や『そして誰もいなくなった』のような有名作から、『終わりなき夜に生まれつく』のようにタイトルに惹かれて手に取った作品もありました。

三谷:『終わりなき夜に生まれつく』、なかなか渋いセレクトですね(笑)。クリスティーの話をしていても、あまり話題には上らないタイプの作品かと。『終わりなき夜に生まれつく』はエルキュール・ポアロやミス・マープルなどのレギュラー探偵が出てこないノンシリーズですよね。

山崎:そうです。クリスティー作品は特に後期へなるにつれてトリックより人間の心理描写に重点を置くようになるんですけれど、『終わりなき夜に生まれつく』については共感が難しいというか、いきなり突き放されたような感覚に陥るんですよね。そこが非常に印象的でした。

三谷:ほかにクリスティーで好きな作品や印象に残っている作品を挙げるとすれば?

山崎:『親指のうずき』ですかね。これはおしどり探偵のトミーとタペンスが活躍するシリーズの長編作品です。前半は少し冗長に感じられるところもあるんですが、後半になるとそれまで書かれていた出来事が綺麗に合わさって収斂していく。あと犯人が少し変わっているというか、怖いだけではなくどこか哀愁が漂うところもあるのが心に残りました。前半と後半で物語のトーンがちょっと違うんですよね。

三谷:おっしゃる通りクリスティー作品では稀に「少々かったるい描写だな」と思う時があるのですが、実はそのかったるい描写にもしっかりと意味があったのだと驚かされることが多いです。

山崎:あ、あと好きなのはポアロが登場する『葬儀を終えて』ですね。この作品の中に出てくる「だってリチャードは殺されたんでしょう?」という一文がいつまでも頭の中に残っていて。アガサ・クリスティー作品を読んでいると、絶対に忘れられないような台詞の一文に出会うことが多いです。

「古畑任三郎」の“堂々たる犯人”の原点は『愛国殺人』――三谷幸喜

山崎:三谷さんが初めてクリスティー作品を読んだのはいつのことですか?

三谷:子供向けにリライトされた作品は小さい頃に読んではいたのですが、大人向けの翻訳でしっかりと読んだのは中学生に入ってから手に取った創元推理文庫です。早川書房のイベントなのに東京創元社の話をしてしまい、すみません(笑)。ただ、創元推理文庫には有名作である『そして誰もいなくなった』は入っていなかったんですよね。どうしても『そして~』が読みたくて探していたところ、早川書房の『世界ミステリ全集』第1巻に『愛国殺人』『フランクフルトへの乗客』とともに『そして~』が入っているのを見つけたんです。これがその『世界ミステリ全集』第1巻ですが。

山崎:わっ、すごい。貴重な感じがしますね。

三谷:ちなみにこの中に収録されている『愛国殺人』は、ドラマ「古畑任三郎」の脚本を書く上で非常に大きな影響を受けています。終盤、エルキュール・ポアロが犯人と対峙する場面があるんですが、犯人が堂々たる振る舞いでポアロと話すんですよね。それは「古畑任三郎」において犯人が古畑と相対する時の姿に通ずるものがあります。

山崎:ドラマといえば、三谷さんはエルキュール・ポアロが登場する作品を3作ドラマ化していますよね。第1作は『オリエント急行の殺人』。誰もが知っている超有名作品です。

三谷:『オリエント急行の殺人』はシドニー・ルメット監督による「オリエント急行殺人事件」(1974年公開)を始め、幾度も映像化されている作品です。私も原作は大好きですが、私が小説で気に入っている場面がルメット版ではカットされているなど、個人的には映像化に物足りなさを感じる時も少なくありません。私はオリエント急行の車内に集った登場人物達が大好きで、もう少し彼らの姿をクローズアップして欲しいという思いがあるんです。だからこそ自分が脚本を務めた「オリエント急行殺人事件」(2015年フジテレビ系列)では他の映像化作品には無い構成で工夫してみたんです。

山崎:なるほど。でも、クリスティー作品って映像化が極めて難しいものも多いですよね。三谷さんが手掛けた第2作「黒井戸殺し」(2018年放映)の原作は『アクロイド殺し』ですが、「この作品はどうやったら映像化できるのだろう」と驚いた方も多かったのではないでしょうか。

三谷:確かに私も映像化を行う上でたいへんに悩んだのですが、原作を再読して「ミステリとしてのポイントのうち、ある1つのポイントに着目する形で物語を再構成すれば可能なのではないか」と思い当たり、脚本を書いてみたのが「黒井戸殺し」でした。

山崎:ドラマ化3作目が「死との約束」です。こちら、三谷さんは早川書房創立80周年記念企画の「ハヤカワ文庫の80冊」に同作を挙げてコメントを寄せているとのことですが。

三谷:『死との約束』は何が好きかというと、謎解きの場面が非常にスマートなところです。犯行が可能か否かを容疑者1人ずつ検討して犯人を暴き出すという推理の道程がとても美しいんですよね。それでいて登場人物たちがそれぞれ背負うドラマがしっかりと書かれている。

山崎:登場人物ではボイントン夫人の印象が強烈。何というか、とにかく途轍もなく嫌な人物です(笑)。

三谷:登場人物の誰もが「早く死んでくれないかな、このばあさん」って思っているという(笑)。ただ、やっぱりクリスティーが凄いな、と感じるのは、その「このばあさん、嫌だな」という話だけで小説の半分くらいを読ませてしまうことです。肝心の事件はだいぶ物語が進んでから起こるのだけれど、退屈させず読ませるのはやはり筆力のなせる業だと思います。

山崎:こうやって三谷さんとクリスティー作品について語ってみると、クリスティーが試さなかったミステリの趣向は無いんじゃないのか、と思うくらい様々なアイディアを生み出しているんだなということに気付きます。

三谷:クリスティーが偉大だな、と思うのは山崎さんのおっしゃる通りアイディアは豊富なんだけれど、決してトリックだけを集めたようには見えない点ですね。クリスティー自身もトリックに拘りがあったのではなく、小説としての面白さを追究するためにミステリの技法を当てはめて書いたのではないかと思います。

山崎:クリスティー作品の“小説としての面白さ”とは、どのようなところに宿っていると思いますか?

三谷:演劇的な場面が多いことです。クリスティー作品の映像化を行って感じたのですが、クリスティー自身の頭の中で演劇的な形でシーンが浮かんでいるんじゃないかと思う場面が多いんです。だからこそ、映像化作品が数多く作られているのではないかと。ここにエラリー・クイーンやジョン・ディクスン・カーといった、他の英米探偵小説黄金期の作家たちと異なる点があると私は思っています。

※記事初出時、内容に誤りがございました。訂正してお詫びいたします。

■関連リンク
ハヤカワまつり公式HP:https://www.hayakawa-online.co.jp/special/80th/matsuri/

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