60歳からの“3割給与ダウン”にどう向き合うべき? 専門家に聞く、定年前後のキャリア戦略


少子高齢化や労働力不足が深刻化するなか、60歳以降も企業で働くことが当たり前になってきている。
定年まで働くのか、それともスキルや経験を生かしてフリーランスになるのか。それとも、仕事を辞めて余暇を過ごす人生を送るのか……。
まさに60歳前後が、その後の人生を決める節目と言えるのではないだろうか。
今回は『定年前後のキャリア戦略 データで読み解く60代社員のリアル』(中公新書ラクレ)の著者であり、パーソル総合研究所シンクタンク本部 上席主任研究員の藤井薫氏に、60代社員のリアルなキャリア事情や、人生後半戦の「働き方」のススメについて話を聞いた。
50~60代に対する“過剰感”が強まりやすい理由

――人手不足と言われながら、黒字リストラの標的は中高年に向けられています。こうした矛盾はなぜ起きるのか、また解決策はあるのでしょうか。
藤井薫(以下、藤井):労働力不足というのは事実ですが、年齢別に分解して見ると、状況はかなり違って見えてきます。全体としては約6割の企業が人手不足を感じており、特に20~40代が足りないと言われています。一方で、50代、60代については「過剰感がある」と感じている企業が多いのが実情です。
企業の年齢構成を見ると、50~60代が4割を占める会社も多いですが、必ずしも人数が多いからといって、過剰に感じられるという単純な話ではないということです。実際には、50~60代が1~2割しかいない企業でも、半数以上を占める企業でも、「過剰感」の傾向自体はそれほど変わらないのです。
本来、人手不足というのは“人と仕事のバランス”の問題です。仕事に対して人が足りなければ不足、逆に仕事が少なければ余剰になるはずです。しかし、ここで言われている「過剰感」は、必ずしも仕事がないという意味ではありません。
この背景にあるのが、企業側から見た「コストパフォーマンス(コスパ)が合わない」という側面です。年功的な賃金体系を採用している企業では、中高年層の人件費が相対的に高くなりやすく、50~60代に対する過剰感が強まりやすい傾向があります。他方で、実力主義やジョブ型に近い制度を採用している企業では、年齢による賃金差が相対的に小さいため、中高年層に対する過剰感も弱まり、若年層の不足感とのギャップも縮まりやすい。
端的に言えば、企業は「より低コストで働いてくれる人材」を好むわけで、給与水準が高い中高年はコスト面から過剰と見なされやすいという構図があります。
ただし、これは給与だけの問題ではありません。仮に給与が高くても、その分しっかり成果を出し、組織に貢献していれば「過剰」とは見なされにくいはずです。つまり、年齢そのものが問題なのではなく、賃金制度と生産性のバランスの問題が過剰感につながっているわけです。
――仕事における役割や報酬の変化が、50~60代の働く意欲にどう影響するとお考えですか?
藤井:データ上では50~60代のモチベーション低下や会社への貢献意識の薄さが過剰感の要因として指摘されていますが、ここで重要なのは本当にこれは社員本人だけの問題なのかという点です。
会社側の制度や施策が、そうした状態を生み出している可能性を否定できません。よく「60歳になると給料が3割下がる」という話があります。実際の調査でも、60歳時点で賃金を見直す企業では、平均して約28%の給与ダウンが起きています。
60歳で給与が下がった企業では、「モチベーションが下がった」と答えた人が6割近くにのぼりますが、給与が下がらなかった企業では、その割合は18%程度にとどまります。さらに、「自分の価値が下がったと感じた」「会社への忠誠心が弱まった」といった項目でも、ほぼ同様の傾向が見られます。つまり、給与の引き下げが心理的なダメージやモチベーション低下を引き起こしている可能性が高いのです。
特にホワイトカラー職では、やる気の有無によって生産性が大きく変わることは多くの人が実感しているはずです。だとすれば、パフォーマンスの低下を単純に「50~60代社員本人の問題」と片付けるのは適切ではないのではと考えています。
さらに、給与減少だけではなく「役職定年」も50~60代のモチベーションを下げる一因になっています。60代で部下を持ち、人事評価などの権限を持つライン管理職に就いている人は、ほぼゼロに近いというデータがあります。
形式的に“管理職扱い”されている人はいても、実際に組織の長として部下を持つポジションにいるケースは極めて少ないのです。調査では60歳を境に役割を軽減する企業は約4割にのぼり、例えば開発部門でも、59歳までは新規開発プロジェクトに関わっていた人が、60歳を境に保守・メンテナンス業務中心に配置転換されるケースなどが見られます。
私はこの現象を「半現役化施策」と呼んでいますが、給与でも役割でも、現役として扱われないことでモチベーションが低下し、生産性が上がらない。結果として、50~60代に対する過剰感が生まれるという悪循環が起きているのです。
年齢による線引きではなく、役割と成果の「個別最適」が大事
――年齢だけではなく、役割や成果に応じた評価をするために必要なことは何でしょうか?
実はジョブ型を導入している企業でも、完全な職務主義ではなくて、過去の貢献度を積み重ねて処遇反映する部分があり、中高年層の賃金水準が相対的に高くなりやすい傾向にあります。興味深いのは、「50代に過剰感がある」と感じている企業ほど、60歳時点での賃金引き下げ幅が大きいという点です。
すでに60歳を超えた人の賃金を下げるよりも、50代の段階から“線引き”を行い、あらかじめ60歳を境に大きく給与を引き下げる設計をしておくほうが簡単です。人件費のコントロールという観点で見れば、60歳時点で給与を一律に下げることは合理的だと言えなくもありません。
しかし、60歳を迎えた瞬間に能力や意欲が急落するわけではないにもかかわらず、処遇だけが大きく変わることに強い不合理感が生まれ、それがモチベーション低下や生産性低下につながっていることは否定できません。本来目指すべきなのは、年齢という基準だけで一律に下げるのではなく、各人の役割や成果、意向などを踏まえた「個別最適」です。一見すると手間がかかるように思えますが、60代社員は長年自社で勤めてきた人たちです。企業はすでに十分な情報を持っているはずです。個別設計を行うことで生産性も保たれ、結果として組織全体としての全体最適に近づいていくと考えています。
――コストの管理とパフォーマンスの維持を両立させるために必要なことは何だとお考えですか?
藤井:人件費を削ればコストは下がります。しかし、それによってモチベーションやパフォーマンスが低下すれば、「コストは減ったが成果も下がった」という状態になってしまう。
ここで重要なのは「60代前半(60~64歳)」と「60代後半(65歳以降)」を分けて考えることです。65歳までは法律で継続雇用が義務付けられているため、定年後再雇用の場合も雇用の枠組み自体は大きく変わりません。したがって、60代前半については50代以前と同じように適切な評価と処遇を行うべきだと私は考えています。
その一方で60代後半は雇用義務がなく、多くの企業では再雇用の場合、半年~1年単位の有期契約を更新していく形になります。企業側には契約更新するかどうか、信任投票的な裁量がありますし、働く側にも賃金交渉の余地があるため、考え方としては両者で対等な選択権が生まれます。
制度のあり方や雇用関係の性質という観点から、「60代」と一括りにした議論では本質を見誤ってしまうため、まずはそのことを理解するのが重要です。
自分が何者かを理解し、市場価値を冷静に見極める
――「65歳までの雇用確保の完全義務化」のなか、処遇がダウンする現実をどう受け止め、折り合いをつけるべきなのでしょうか。
藤井:自分が所属している会社のルールに処遇が左右されてしまうのが前提だからこそ、楽観的に構えるのではなく「60歳でどのくらい給与が下がるのか」「役割はどうなるのか」といった情報を事前に集めておくことが大事になります。これを知らずに60歳を迎えるのと、分かっていて迎えるのとでは大きな差があります。
現実的に見ると、役員昇進を期待できるような人は例外として、大多数の社員は管理職になっても課長止まりです。課長登用のピークは平均40歳前後、部長昇進のピークは47~48歳ですが、40歳で課長になった人が65歳まで同じ役職を続けると、企業の新陳代謝が阻害され、事業成長の妨げになります。
若手の早期登用が進むなか、マッチョイズム的な「昇進=キャリア」の認識自体がずれていて、60歳を境に給与が下がるのを「キャリアの終了」と捉えず、あらかじめ「役員や部長に昇進しない大多数のキャリア像」を正しく認識しておくことが大切です。そのまま今の会社に勤め続けるなら、自社の制度を受け入れつつ、自分なりの喜びややりがいを見つけるマインドセットが重要になるのではないでしょうか。
――「転職」や「独立」も選択肢として考えられるのでしょうか?
藤井:もちろん、会社の給与や施策に納得がいかない人は、転職や独立も手段のひとつです。ただし、この年代の転職はポテンシャル採用ではなく、即戦力として専門性や実績を見られるので、会社を離れても通用する強みやスキルが必要になります。そのため、元課長や元部長といった肩書ではなく、「今の会社を離れて、自分に何ができるのか」を理解しておくことがとても重要になります。
また、管理職ではなくプレイヤーとしてやっていくには、これまでのように部下からの二次情報で判断するのではなく、自分で一次情報を収集しなくてはなりません。現場で即対応できる反射神経や行動力が重要です。特に今の時代はAIの台頭によって、単なるアドバイス役では通用しません。
これまで何十年と働いてきたなら、きっと得意分野があるはずなので、まずは自分の強みや特長を棚卸しすることが第一歩です。
そして、自分の強みが市場でどれだけの価値になるかは別の話であり、客観的な市場価値を冷静に把握することも不可欠です。若いうちなら「強みのポテンシャルを高値で売れるキャリア」を築けますが、50代後半~60代は即戦力人材です。自分の強みを客観的に定義したうえで「今の会社に残る」か「新しい道を探す」か、現実的な判断をすることになります。
処遇上は転職よりも継続勤務のほうが有利な場合が多くなりますが、働く目的はお金だけではありません。パーソル総合研究所の調査では、純金融資産1億円以上ある人の26.3%はお金の不安を持っていますし、逆に純金融資産が2000万円以下でも不安を持っていない人が3割ほどいます。「お金に関する不安感は個人差が大きい」ことがわかっています。
60代は、キャリアやお金について真剣に考える機会が少なかった世代です。就職情報も限られていましたし、バブル経済も経験していて「働けば稼げるだろうし、給料は上がっていく」と考える感覚も強かった。定年前後になって初めて現実的に考えなければならない状況に直面する人も多いため、キャリアやお金だけでなく、健康や寿命など人生全体のバランスを見て働き方を判断していく必要があるのではないでしょうか。
リスキリングは「幅出し」。自分の専門性を戦略的に拡張するために必要なこと
――企業から選ばれ続けるためには、自身の強みを核としつつ、リスキリング(学び直し)をすることで市場価値を高めていくことも必要になるのでしょうか?
藤井:経験・年齢不問の仕事より、自分の経験やスキル、キャリアを生かした仕事の方が効率よく稼げるのは間違いありません。つまり、タイムパフォーマンスよく、お金を稼ぐという面では、専門性を持って働くほうがよいということです。
リスキリングは何かというと、多くの人は「全く新しいことを覚える」と考えがちですが、むしろ「幅を広げる発想」が大切な捉え方です。
かつて本田技研は、「職種・製品」「サービス・市場」「場所」の3軸で因数分解するキャリア開発を提唱していました。例えば、自動車営業を都市部で担当している人がいたとして、それを地方でやる場合、市場や顧客層が変わるので別のスキルが必要になりますよね。また、担当製品が四輪から二輪に変わる場合も同様です。これに加えて、企画やミドルバックの職種を経験することでさらに幅が広がります。
このように、自分の専門性を高めるには、自分の「軸」を複数の切り口に分解して、戦略的に幅を広げていくことが重要になってきます。
――AI時代のキャリア形成では、どのような変化をもたらすと思われますか。
藤井:AIの進化で、全員がすぐに優れた企画を作れるようになるわけではないでしょうが、ベースラインは確実に底上げされ、ある程度のことは誰でもこなせるようになります。そうなると、差が出るのは「実行できるかどうか」という部分です。最終的に自分で現場で動いて成果を出すことが重要になるということです。そういう意味では、現場で通用する運動神経や反射神経を研ぎ澄ますことが不可欠だと言えるでしょう。
また最近では、若手を中心に「管理職になりたくない」という人が増えていますが、たとえ数年でも、課長やマネージャー経験を積むことは、その後のキャリアに必ず役立ちます。専門職であっても、プロジェクトなどで協働していく際には、マネジメント力やリーダーシップがある人が重用されます。
それから、AIを活用して自分のキャリアを棚卸しして、プロフェッショナルとしての肩書を提案してもらうことも参考になります。自分の意外な専門性や強みに気づくかもしれません。
――『定年前後のキャリア戦略』で伝えたかったメッセージはなんでしょう。
藤井:「生涯現役」で働くという考え方もありますが、それが必ずしも個人にとって望ましい生き方とは限りません。60代になったら、仕事以外の時間や生きがいとのバランスをしっかり考えることが何よりも大事です。
もちろん生活にはお金が必要で、効率よく働くことも大切です。だからこそ、自分に必要な情報を事前に集めて「自分がどう生きたいか、働きたいか」を判断してほしいと思います。
■書誌情報
『定年前後のキャリア戦略 データで読み解く60代社員のリアル』
著者:藤井薫
価格:1,210円
発売日:2026年2月9日
出版社:中央公論新社
レーベル:中公新書ラクレ


























