千街晶之のミステリ新旧対比書評 第13回 有栖川有栖『マジックミラー』×潮谷験『伯爵と三つの棺』

千街晶之のミステリ新旧対比書評第13回

 イギリスの作家ロナルド・ノックスは、有名な「ノックスの十戒」で、「双子・一人二役は、予め読者に知らされなければならない」と述べている。重要容疑者に完璧なアリバイがあった、実はその人物には双子がいてそちらが真犯人だった——みたいなオチでは読者が怒るので、これはもっともなルールと言えるだろう。

■双子が登場するミステリの傑作

 これを逆手に取って、双子が登場することを最初に明かしたミステリとしては、1971年に刊行された西村京太郎の初期の代表作『殺しの双曲線』(講談社文庫ほか)がある。犯人が素顔を曝した状態で犯行に及ぶ連続強盗事件が東京で発生。一卵性双生児の兄弟が容疑者として浮上するが、どちらの犯行なのかは特定できない。この事件が、遠く離れた宮城県でクローズドサークル状態となったホテルで続発する殺人事件に絡む趣向だ。

有栖川有栖『新装版 マジックミラー』(講談社)

 この作品を意識したと思われるのが、有栖川有栖の初期のノン・シリーズ長篇『マジックミラー』である。1990年に講談社ノベルスから刊行され、1993年に講談社文庫版が出た。現在は、同文庫から2008年に『新装版 マジックミラー』として出たものが読める。

 冒頭の「プロローグ」ならぬ「ダイアローグ」という短い章では、同じ顔をした2人の男が何やら企みごとをしている様子が描かれている。この時点で、双子が登場することを最初に明かした『殺しの双曲線』を踏まえた意図が窺える。

 琵琶湖に近い余呉湖畔の別荘で古美術商「柚木堂」の社長夫人・柚木恵の絞殺死体が発見された。夫の柚木新一は福岡県の博多に出張中、彼の双子の弟で専務取締役の健一は山形県の酒田に出張中。警察は双子の入れ替わりの可能性も視野に入れるが、両者ともアリバイは完璧で、捜査が進展しないまま数カ月が過ぎてしまう。

 これに納得できないのが、恵の妹・三沢ユカリだった。新一が妻の恵に多額の生命保険をかけていたからだ。ユカリは推理作家の空知雅也に相談し、私立探偵を雇って柚木兄弟の動きを探らせることにしたが、事件はそこから意外な方向に展開する。

 紙の時刻表など、今となっては懐かしさを感じる小道具が多いが、そのあたりは若い読者からするとかえって新鮮に感じるかも知れない。作中では、ジョン・ディクスン・カーの『三つの棺』(ハヤカワ・ミステリ文庫)で名探偵フェル博士が披露する「密室講義」に倣い、空知雅也が「アリバイ講義」を語るシーンがある。柚木兄弟が何らかのアリバイ・トリックを使ったのだとすればそれはどのパターンに該当するのか……という興味が読者を惹きつけるが、ある意味、この作品を忘れ難いものとしているのは、解決篇に至ってある登場人物が目の当たりにする信じ難い光景だ。ミスリードが巧みなため、誰もこの衝撃的な光景に着地するとは予想できないだろう。「ノックスの十戒」を逆手に取った『殺しの双曲線』を、更に逆手に取った試みとも考えられる。

■三つ子の誰かが真犯人

潮谷験『伯爵と三つの棺』(講談社)

 さて、容疑者が双子でも厄介な事態になるのに、三つ子ともなれば余計ややこしいことになるのではないか——そういう発想から生まれたのかは不明だが、三つ子の兄弟のうち誰が真犯人かわからない、というミステリがある。第63回メフィスト賞受賞作『スイッチ 悪意の実験』(講談社文庫)でデビューした潮谷験の長篇『伯爵と三つの棺』である。2024年に講談社から書き下ろしで刊行され、第46回吉川英治文学新人賞、第25回本格ミステリ大賞(小説部門)、第78回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)にノミネートされた。名実ともに、潮谷の代表作と言っていいだろう。2026年に講談社文庫版が刊行されている。

 著者の小説は、タイムリープ実験、架空の疫病、世界各地に出没するミノタウロスのような怪物……といった特殊設定を採り入れていることが多いけれども、『伯爵と三つの棺』は初めての西欧歴史ミステリだ。時は18世紀末、フランス革命の時期。中欧の架空の国にある「四つ首城」において、城主の伯爵や来客ら5人が見守る前で、城を訪れていた男が短銃で射殺された。犯人の姿は皆が見届けている。ところが、犯人が三つ子の兄弟のうち1人であることは明らかなのに、それが3人のうち誰なのかは、見た目が同じなので特定不可能なのだ。事件発生時刻、三兄弟は睡眠薬で眠らされていたと証言するが、少なくとも1人は嘘をついているのは間違いない。

 時代背景が18世紀なので、現代のように便利な科学捜査技術は存在しない。三つ子の全員がしらばっくれてしまえばそれまでである。だが同時に、18世紀は啓蒙主義の時代でもある。中世のように、無闇に拷問によって吐かせたり、証拠もなしに犯人を決めつけたりは出来ない。この国には大貴族が臣下に犯罪捜査の指揮を任せる「公偵制度」があるのだが、まだ若い伯爵は自分が領民たちから頼りなく思われているのではないかという不安を抱いていたため、世襲の身分にあぐらをかいているのではなく才覚をもって領主を務めていることを示したいと考える。かくして伯爵は自ら探偵の役目を買って出るのだが、その推理は迷走に迷走を重ねることになる。作中で「よい意味での鷹揚さに溢れるお方」と評される伯爵の愛すべき迷探偵ぶりがコミカルさを醸成している。

 だが後半からは、物語は急激に悲劇の色合いを強め、登場人物たちは容赦なく激動の時代に翻弄される。果たして三兄弟の運命は、そして彼らの中の誰が犯人なのか。単に「科学捜査技術がない時代だからトリックが成立する」という域に留まらない、フランス革命の時期を背景にした必然性が明らかになるあたりが用意周到だ。

 なお、『マジックミラー』にカーの『三つの棺』の「密室講義」に倣った「アリバイ講義」が出てくるのに対し、『伯爵と三つの棺』はタイトル自体がカーから借りているし、三兄弟が登場する点も『三つの棺』を想起させる……という共通点もあるのが興味深い。

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