「ビッグバンは爆発ではなく、サウナのような状態だった」島袋隼士が語る、光なき「宇宙暗黒時代」という名の空白


宇宙が生まれて138億年。ビッグバンから始まり現在の姿にいたる歴史の中に、謎に包まれた大きな「空白期間」が存在する。光り輝く天体がまだ存在しなかった「宇宙暗黒時代」から、最初の星が誕生する「宇宙の夜明け」へと至る時代だ。
雲南大学副教授・島袋隼士の『宇宙暗黒時代の夜明け 21cm線電波で迫る、宇宙138億年史』(ブルーバックス、2025年)は、この空白期間の謎を解き明かす鍵となる「21cm線」ーー水素から放出される波長21cmの電波ーーを軸に、宇宙138億年の歴史と最前線の研究を解説した一冊だ。
著者の島袋がYouTubeチャンネル『【科学の教養】ブルーバックスチャンネル』に出演。フリーアナウンサーの赤井麻衣子が聞き手となり、本書の内容を島袋が語る動画が公開されている。リアルサウンド ブックでは撮影現場を取材し、宇宙暗黒時代の謎と21cm線研究の魅力について聞いた。
宇宙の始まりはビッグバン?

――まず基本的なところからお聞きしたいのですが、宇宙の始まりである「ビッグバン」とは何なのでしょうか?
島袋隼士(以下、島袋):ビッグバンという言葉を聞くと、多くの方は「爆発」をイメージされると思います。花火のように、ある一点でボンと爆発するような。でも実はそうではないんです。
ビッグバンというのは、宇宙のありとあらゆる場所が高温・高圧・高密度だった状態のことを指します。特別な一点があるわけではなく、どこもかしこも熱い。サウナのような感じですね。
――では、ビッグバンより前には何があったのですか?
島袋:実はビッグバンの前に「インフレーション」と呼ばれる現象があったと考えられています。宇宙は最初、原子核よりもっと小さかったんです。それが急激に、加速度的に膨張した。これがインフレーションです。そのエネルギーが熱エネルギーに変換されてビッグバンにつながっていったわけです。本当の意味での宇宙の始まりはインフレーションがあっただろうと考えられています。
宇宙暗黒時代――光り輝く天体がなかった時代

――本書のタイトルにもなっている「宇宙暗黒時代」とはどういう時代なのでしょうか?
島袋:文字通り、真っ暗な時代です。現代の私たちが夜空を見上げると星や銀河が輝いていますよね。でもビッグバンの直後には、そういった光り輝く天体がまだ存在していなかったんです。宇宙に光る天体がなかった時代のことを「宇宙暗黒時代」と呼びます。
――最初の星はどのようにして生まれたのですか?
島袋:ガスが重力で集まってくると、自分の重さで潰れようとします。でも潰れるとガス自身の圧力が大きくなって押し返そうとする。重力と圧力の「綱引き」が起きるんです。
この綱引きの果てに、うまくいったらペシャンと潰れて宇宙最初の星――ファーストスターができます。内側で核融合反応が起き、輝き始める。こうして宇宙暗黒時代は終わりを告げ、「宇宙の夜明け」が始まるんです。私はこの宇宙暗黒時代について調べる方法を研究しています。
中性水素が出す21cm線の正体
――宇宙暗黒時代についてはどのように調べるのでしょうか?
島袋:本のタイトルにも入っている、21cm線電波というものを観測して調べます。21cm線というのは、中性水素から出てくる波長21cmの電波です。
――中性水素というのは普通の水素と違うものですか?
島袋:いえ、普通の水素です。水素原子は陽子と電子で構成されていて、プラスの電荷を持つ陽子の周りを、マイナスの電荷を持つ電子がぐるぐる回っている。陽子と電子がセットでくっついている、電気的に中性な状態——これが「中性水素」です。
一方、強いエネルギーを受けて電子が陽子から剥がれて電離すると、電気的に中性ではなくなります。この状態と区別するために、「中性」水素と呼びます。宇宙暗黒時代にはまだ星がなく強い光もないので、水素のほとんどが中性の状態で存在していたんです。
――その中性水素からなぜ21cm線が出てくるんでしょうか?
島袋:ちょっと難しい話になりますが、陽子と電子はそれぞれ「スピン」という性質を持っています。量子力学の概念で、簡単にいうと回転のようなものです。
陽子のスピンと電子のスピンが平行な状態(それぞれのスピンの方向が同じ向き)はエネルギーが少し高く、反平行(それぞれの方向が反対向き)になるとエネルギーが低くなります。自然界はエネルギーが低い方が安定なので、平行から反平行に変化しようとする。そのとき余分なエネルギーを電磁波として放出するんですが、その波長がちょうど21cmなんです。
21cm線電波は「お買い得」な信号
――この21cm線を観測するとどんなことが分かるんでしょう。
島袋:21cm線の信号には、宇宙論的な情報と天体物理学的な情報の両方が含まれています。宇宙最初の星であるファーストスターがどんな質量だったか、どんな強さの光が出ていたのかを調べることもできるし、星や銀河、ダークマターの性質について調べることもできる。一つの信号で両方の情報を得られる。一挙両得というか、非常に「お買い得」な信号なんですよ。ただ、観測するのはなかなか難しいです。
――何が難しいのでしょうか?
島袋:非常に弱い信号なので、なかなか検出できないんです。21cm線って電波なので、私たちが日常生活で使っている電波が邪魔になります。スマホやラジオの電波ですね。
さらに邪魔をするのが「前景放射」と呼ばれるものです。私たちは天の川銀河の中に住んでいるんですが、その天の川銀河の中心からものすごく強い電波が出ているんです。21cm線の信号がそれに埋もれてしまう。車の運転中、進行方向の前にある太陽が眩しすぎて信号が見づらくなることがあると思いますが、それと同じような状況です。
――解決策はあるのでしょうか?
島袋:よく冗談で人類の皆さんにいなくなっていただいて、天の川銀河もなくなってもらえれば観測しやすくなるのに……なんて言ったりしますが、そういうわけにはいかないですよね。
例えば、より電波的に静かな場所に行って観測しようということで、月で観測しようという取り組みがあります。月には人が住んでいないので、人工電波の影響が少なくなるわけです。
『宇宙兄弟』でムッタが月に望遠鏡を立てるシーンがありますよね。あれ(シャロン望遠鏡)と同じです。漫画の世界だけじゃなくて、本当にやろうとしているんです。日本ではTSUKUYOMI(ツクヨミ)計画という月面天文台の構想がありますし、アメリカ、中国、インドなど各国も月を舞台にした天文観測を計画しています。
未来の共同研究者へ
――21cm線を専門に選ばれたのはなぜですか?
島袋:宇宙論というとまずブラックホールやダークマター、ビッグバンといった単語が思い浮かびますが、こういったテーマは非常に多くの人が取り組んでいます。こういった分野よりも、まだ参入者が少ないところに軸足を置けば、早い段階で存在感を示せるかもしれない——。そう考える中で21cm線というテーマが思い浮かんで、それを使った宇宙暗黒時代や宇宙の夜明けについて研究するようになりました。
宇宙暗黒時代って、宇宙にとって子供時代や青春時代に当たる時期で、そこがよく分かってないのは気持ち悪い。この謎に包まれた空白期間を明らかにしたいと思っています。
――先生は理論の研究をされているとのことですが、観測はしないのでしょうか?
島袋:はい、私自身は観測はしていなくて、21cm線の信号の理論的な性質を調べる研究をしています。
観測と理論は分業されることが多いですが、中には両方できる方もいます。実際、日本の若手研究者の中にも理論と観測の両方ができる稀有な存在がいて、日本の研究者の質の高さを感じます。
――どんな人が天文学者や研究者に向いていると思いますか?
島袋:理論にしろ観測にしろ、研究は一人でやるものではありません。いろんな人と協力しますし、国際的な協力も必要です。なのでまずはコミュニケーション能力が大事ですね。私も今は中国で研究していて、同僚は中国人ですし、共同研究者にも海外の方がいます。やっぱり英語も大切になってきますね。
――『宇宙暗黒時代の夜明け』はどんな方に読んでもらいたいですか?
島袋:ビッグバンやインフレーション、ブラックホールといったテーマはたくさん本が出ていますが、宇宙暗黒時代や宇宙の夜明けについては、あまり一般向けの本がありません。なのでこの本を通して、宇宙138億年の歴史をぜひ感じていただければなと思います。
特に高校生や大学生の若い方々に読んでほしいですね。「これはまだ研究することがたくさんあって面白そうだな」と思ったら、ぜひこの研究分野に飛び込んできてください。将来、一緒に共同研究ができたら嬉しいです。
■書誌情報
『宇宙暗黒時代の夜明け 21cm線電波で迫る、宇宙138億年史』
著者:島袋隼士
価格:1,100円
発売日:2025年11月20日
出版社:講談社
レーベル:ブルーバックス



























