小川哲 × 逢坂冬馬が語り合う、早川書房の魅力 創立80周年記念イベント「ハヤカワまつり」レポ

小川哲 × 逢坂冬馬、早川書房を語る

 早川書房の創立80周年を記念するイベント「ハヤカワまつり」が9月14日と15日に東京・神保町の出版クラブビルで開かれた。14日は劇作家の三谷幸喜とタレントの山崎怜奈がアガサ・クリスティーについて語り、映画『トワイライト・ウォリアーズ 決戦! 九龍城砦』の原作『九龍城砦Ⅰ 囲城』(早川書房)を刊行した余兒を招いて読書会を行って大盛況。15日は声優の池澤春菜が動画クリエイターのけんごと『アルジャーノンに花束を』について語った後、直木賞作家の小川哲と『ブレイクショットの奇跡』が直木賞候補作となった逢坂冬馬が同じハヤカワの新人賞出身者として対談し、ハヤカワからデビューした経緯やハヤカワの良さなどを話して来場者を楽しませた。

小川哲

 『地図と拳』(集英社)で第168回直木賞を受賞した小川哲と、『ブレイクショットの軌跡』(早川書房)が第173回直木賞の候補となった逢坂冬馬。早川書房というミステリやSFといったジャンル作品に強いイメージがある出版社の新人コンテストからデビューした2人が、一般性を持ったエンターテイメント作品が選ばれる直木賞に候補も含めて名を連ねるようになったのはなぜなのか。2人が登壇したトークからは、ハヤカワという出版社が持つふところの深さが浮かび上がった。

逢坂冬馬

 『ユートロニカのこちら側』(早川書房)で第3回ハヤカワSFコンテストの大賞を受賞しデビューした小川は、「職業作家になりたい」という思いを実現するために、作品の投稿先をいろいろと検討して、ハヤカワSFコンテストにたどり着いたという。「短編では本にならないんです。ハヤカワSFコンテストは再開されたばかりで、最終候補作がほぼ本になっていました。300から400の応募があるなら、100分の1の確率で本になると思いました」。結果、見事に受賞を果たして作家デビューした。

 一方の逢坂は、10年ほど様々な新人賞に応募し落選し続けた経験の持ち主。「8年目くらいに、私の考える長編は新人賞では長めでどこに送れば良いのか分からなくなり、ハヤカワに送りつけたところ『アガサ・クリスティー賞に応募しないか』と言われました」。内容は海洋冒険小説で、ミステリの女王として知られるアガサ・クリスティーの名前を冠した賞に合うとは思っていなかったが、冒険小説は広義のミステリとして認められていること、800枚まで書けることを知って「ここしかない」と投稿した。

 その作品は2次で落ちたが、以後も応募を続けて『同志少女よ、銃を撃て』が第11回アガサ・クリスティー賞を受賞し、晴れて作家デビューを果たした。「ハヤカワに持ち込んだのは、自分の本棚でハヤカワ率が大きかったからです」と逢坂。初版が3万部という大々的な展開もあって一気に世の中に広まり、デビュー作にして第166回直木賞の候補となり、2022年本屋大賞を受賞するヒット作となった。こうした動きを「すごい勢いでデビューしていって抜かれたと思いました」と小川。直後の第168回直木賞を獲得したことで、ハヤカワデビューの先輩としての面目は保てたようだ。

 『ユートロニカのこちら側』に続く小川の第2作『ゲームの王国』(早川書房)は、ポル・ポト政権下にあったカンボジアを描いた、SFとしてはやや異色の作品だった。こうしたテーマを選んだ理由を、「『ユートロニカ』に既視感があると言われて、どうすればそう言われないかを考えた僕なりのアンサーです」と小川。デビュー前だった逢坂も読んでいて、「会社員で水戸に出張に行く途中の電車でショックを受けました。1歳下がこれを書いたということもショックに拍車をかけました」。その後、『ゲームの王国』は第38回日本SF大賞や第31回山本周五郎賞を受賞し、小川をエンターテインメント作家の第一線に送り出す役割と果たした。

 日本の作家が日本とは無関係の場所を描くことを、読者なり新人賞や文学賞の選考委員があまり好まない状況があるらしい。しかし、『ゲームの王国』はカンボジアが舞台で、『同志少女』は独ソ戦下の欧州が舞台となっている。どうしてそうなったかについて、逢坂は「ずっと海外文学を読んでいましたし、ハヤカワなら皆川博子さんがおられて、そうした問題設定があることを知りませんでした」と、ごく自然に海外を舞台に選んだことを明かした。

「マーケティングから逆算したら、ああいったものは生まれませんでした」と逢坂。そうした作品を、ハヤカワは「初版3万部という数字で押し出してくれました。他の会社ではないことです」。その結果がノミネートも含めて賞に名を連ねるヒット作となった。ハヤカワデビューだったからこそ得られた成果だと言えそうだ。

 小川も、「海外が舞台とか日本が舞台とか考えたことはないです。SFは外国とかそもそもありません。SF作家としてデビューするなら応募先はハヤカワしかないということもありました」。舞台なり展開なりで決まり事のようなものを意識せずに応募できて、受賞も果たせる出版社として、ハヤカワは位置付けられている様子。今後ハヤカワSFコンテストなりアガサ・クリスティー賞に応募してくる人にとっても、いろいろと参考になるところが多いトークだった。

 それぞれの作品についての話も出た。直木賞候補になった『ブレイクショットの軌跡』について、小川は「小説としてレベルが高い」と思い、逢坂にも伝えたという。第2次世界大戦をデビュー作と2作目の『歌われなかった海賊へ』で扱った逢坂が、3作目では同じものかといった期待を外して現代を舞台に描いてきた。小川が選考委員をしている山本周五郎賞の候補になり、甘くしないように気をつけながらも「選考会で1時間くらい粘り続けました」と、最後まで強く受賞作に推したことを明かした。

 結果的に山本周五郎賞も直木賞も受賞を逃したが、前の2作が倫理や道徳の面をクローズアップされたことで見えづらくなっていた「逢坂さんの持っている皮肉っぽさやイジワルなところが出ていて、作家としての奥行きが出てしました」と小川は『ブレイクショットの軌跡』を評価。「逢坂さんのキャリアを代表する作品になる」と改めて強く推した。

 一方の逢坂は、小川が執筆したNHK放送100年特集ドラマ『火星の女王』の原作小説を読み、「このタイトルだからガチのSFが来るかと思ったら、テンポ良く読めて視点となる人物が切り替わっても混乱しません」と感じたことに触れた。「SFとして未来に舞台を借りることで、今のコミュニケーションや帰属意識といった問題に結びつけていて、地球に住んでいるということがとても大切だと読み終わった後に再認識させられました」。

 受けて小川は、「とにかくポジティブに書きました」。『プロジェクト・ヘイル・メアリー』(早川書房)のアンディ・ウィアーや『あなたの人生の物語』(早川書房)のテッド・チャンのように、「オプティミスティックで開かれているSFにチャレンジしました」と『火星の女王』を紹介した。10月22日に早川書房から発売予定で、読めばいろいろと気力が湧いてくるものになっていそうだ。

火星の女王

 最後に、ハヤカワへの思いについて聞かれた2人。逢坂は、創立100周年となる20年後を見越して「自分が20年、どうやって小説家を続けていけば分からないところはありますが、ハヤカワらしさを失わないでいてくれるなら、付き合っていきたいし参加できる作家でありたいです」と話し、自分のような作家を送り出し続けてくれることに期待した。小川も、「ハヤカワの本を読むことで広い視野で見られるようになりました。ハヤカワには20年後にも僕がこうしたイベントに立てるように良い本を出し続けていただいたいです」と言って、国内のノンフィクションから海外の翻訳、ノンフィクションに新書といった様々なジャンルの本を出し続けて欲しいとエールを贈った。

早川書房創立80周年を記念した公式キャラクター「めくるふ」

 15日はほかに、声優で書評家や作家としても活躍している池澤春菜と、動画クリエイターとして本の紹介を続けているけんごが、ダニエル・キイスの名作『アルジャーノンに花束を』について語り合った。

 あまり頭が良くないチャーリー・ゴードンという男が、手術を受けて天才になるという設定のSF小説。ネットで本を紹介するようになって作品に触れたけんごは、「小説にはこういうことができるんだという驚きがありました」と作品の凄さを紹介した。子供の頃に父親の蔵書から読んだ池澤は、「頭が良くなった時のチャーリーに憧れていました。大人になると学者とも話しができるんだということにワクワクしました」と、作品が持つ面白さを聞かせてくれた。

左、池澤春菜。右、けんご。

 池澤は、『アルジャーノンに花束を』のオーディオブックで全編をひとりで読んでいる。「自分が思っているアルジャーノンと違うと言われ怒られるんじゃないかと不安でした」と、依頼を受けた当時を振り返っていた。イベントでは、池澤が改めて『アルジャーノンに花束を』を朗読。チャーリー手術を受けてだんだんと頭が良くなっていく内容に沿って、最初は子供のように喋り、手術を受けて少しだけ変わったあたりも選んで喋った。

 聞いてけんごは、「震えましたね。演じ分ける技術に感動しました」と賞賛。池澤は、「チャーリーは人の言葉をしっかりと覚えていているんです。耳と記憶力が良いんでしょうね。そうしたことが喋ることで分かるんです」と言い、書かれていても目で読んでいただけでは捉えられないことに、口で話してみて気付つける朗読の面白さを振り返っていた。

 最後に、けんごが400万部のベストセラーになっている『アルジャーノンに花束を』だが、「まだ400万人しか読まれてないのなら、まだまだ大勢の人に届く余地があります」と言って、これからも推していく考えを表明。池澤も、本を読まない子供に本を読ませるには、母親を始め周りが読むようになればいいといった例えから、「好きなことを周りに言えば誰かの心に届きます」と話して、推し続ける大切さを訴えていた。

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