逢坂冬馬『ブレイクショットの軌跡』インタビュー「作中で描かれる現代社会の病巣は、今まさに目の当たりにしていること」

救いのある物語にしたい、というのは最初から決めていたこと

逢坂:自分の投稿が注目されて嬉しいのは、本来であれば、同じ嗜好を持つ者同士で交流するきっかけを得たり、自分の考えを誰かに伝えたりしたいからなのに、いつのまにか数値化された評価を得ることが目的になってしまっている。他人の人格を無視して、コンテンツとして消費する流れが加速していくなかで、他者と自分自身をコンテンツ化することで稼ぐ能力に長けているのが、志気和馬という男。でも、そのために、自分自身のアバター(分身)を模造し続けた結果、その分身さえあれば、本物の自分自身が必要なくなるメソッドを確立してしまったわけです。
――本当は、自分という存在を証明したくて、やっていたはずなのに。
逢坂:いつのまにか、目的と手段が入れ替わってしまっているんですよね。そんなふうに、自分や他人を実態のない幽霊のような存在にしてしまう前に、一度、踏みとどまって考える必要があるんじゃないかなということも、本作を通じて考えていました。誰でも気軽に発信できるようになったことで、言葉が加速度的に軽くなってしまっているからこそ、誰に向けて何を言いたいのか、見つめ直さなくてはいけないのだろうな、と。
――目的と手段が入れ替わってしまっている、という例でいえば、自分を見失ってしまう人もいましたね。家族と幸せになるためにバーを開くための資金を稼ぎたくて、志気を頼ったはずなのに、いつのまにかお金を稼ぐことが第一と思い込み、家族を捨てそうになる人。
逢坂:志気は、自己の利益を最大化することに鋭敏な人間だけど、同時に、相手が何を求めているのかを察知する能力にも長けている。そういう人にとって相手の欲望をつついて拝金主義に仕立て上げることは造作もないわけです。そうやって、相手の価値観をもコントロールすることで自らの利益をあげている。自分本来の「夢」が誰かに操作されてはいないか、と疑ってみないと、「詐欺にあう」という意味よりも悪質な形で自分を騙してしまうそれは、現代社会における一つの闇だと思います。
――自分を外部化し、他人事のようにSNSを眺めているうちに、いつのまにかとりこまれているってことも、ありそうですよね。
逢坂:まさに、そういう地獄絵図が各所で展開されているのが今のXだと思うんですよね。言いたいことを言っているようで、多数にウケる定型文を大量生産しているだけ。閲覧数を釣りあげて稼ぐことさえできれば、内容がデマでもかまわない。そのデマに騙されて、人生を台無しにする人がいようともかまわない、と思っている人たちが、溢れてしまっている。プラットフォームの仕組みもそう出来ている。そんな拝金主義が、社会の最前線に生まれているのを感じているからこそ、アクチュアルなネットの光景は描かないといけないなと思っていました。それは、前二作のような近代ヨーロッパを舞台にした小説では描けなかったことですね。
――ご自身で、とくに書けて良かったなと思う人物はいますか?
逢坂:後藤晴斗と出会う、門崎亜子という女性ですね。彼女もまた、ある意味他者からコンテンツとして消費されることを生業としていた過去をもつ人物ですが、だからこそ出会った当初は他者を遮断する冷たい雰囲気が漂っていた。でも、彼女なりの悪戦苦闘を経て、悪に染まる自分をよしとするのではなく、未来を切り開いていこうと一歩を踏み出すことで、本来の彼女に戻っていく姿を描けたのが嬉しかったです。後藤晴斗は、本作でもっとも主軸を担う人物ではあるけれど、彼の物語を彩り成長させるためだけに門崎が存在するのも、よくないよなと感じていたので。晴斗が家を訪ねていったときに、彼女がちょっと変な格好で出てくるシーンは、その人となりがあらわれていて、気に入っています。

逢坂:救いのある物語にしたい、というのは僕自身、最初から決めていたことですし、それもまた、現代劇だからこそ描けることなんじゃないかと思います。晴斗の、マイノリティとしての側面を含めて、作中で描かれる現代社会の病巣は、僕たち自身が今まさに、目の当たりにしていること。ある程度の区切りがついた事象を描く歴史モノとちがって、僕たちはこの社会を、これからも生きていかなくてはいけない。バタフライエフェクトのように連鎖する世界で、拡散するのは困難や悲劇だけでなく、希望もあるはずだということを、読み終えた人が感じとってくれたらいいなと。
――努力が報われるわけじゃない、善良だから幸せになれるわけじゃない。そんな理不尽を痛感している人たちにこそ、この物語は響くと思います。
逢坂:人生、ままならないことのほうが多いですし、自分とは境遇の異なる登場人物のなかにも、自身が投影されることはあるんじゃないかなと思います。それに、この物語に出てくる人たちはみんな、幸せになろうとすることを決してあきらめていないんですよ。愛する人とともに生きることだったり、夢を叶えることだったり、目的はさまざまだけど、達成するために試行錯誤をくりかえしながら、もがいている。そんな人たちの姿に自身を重ねて、自分もまだまだ捨てたものじゃないかもしれない、と感じてもらえたら、この小説を書いた意味はあったんじゃないかと思います。
■書誌情報
『ブレイクショットの軌跡』
著者:逢坂冬馬
価格:2310円
発売日:2025年3月12日
出版社:早川書房





















