『同志少女よ、敵を撃て』から『歌われなかった海賊へ』 逢坂冬馬、注目の第二作目を読む

『歌われなかった海賊へ』を読む

 デビュー作が大きな話題を呼び、ベストセラーとなる。これ以上はない、新人ドリームである。それを実現したのが逢坂冬馬だ。2021年、『同志少女よ、敵を撃て』で、第十一回アガサ・クリスティー賞を受賞してデビュー。第二次世界大戦の独ソ戦を背景に、母親と村人をドイツ軍に惨殺されたモスクワ近郊の農村の少女が、女性だけの狙撃小隊の一員となり、激戦を繰り広げる。ミステリーの要素もあるが、戦争冒険小説というべき内容である。選考委員初の満場一致で受賞作に選ばれ出版されると、五十万を超える大ベストセラーとなった。候補になった直木賞は逸したものの、本屋大賞と高校生直木賞を受賞している。

 優れたデビュー作がヒットしたことは、まことに喜ばしいことである。しかし一方で、作者のことが少し心配になった。二作目へのプレッシャーが、尋常ではないだろうからだ。デビュー作が話題になったのはいいが、二作目が出ないまま、いつの間にか消えた作家はいないわけではない。作者がそうなったら嫌だと思っていたが、とんだ杞憂であった。第二長篇『歌われなかった海賊へ』が刊行されたのである。

 物語は『同志少女よ、敵を撃て』と同様、第二次世界大戦が背景になっている。ただし舞台はソ連ではなくドイツだ。冒頭は現代。総合学校の歴史教師のクリスティアン・ホルンガッハーは、ムスタファ・デミレルという生徒のことを気にかけていた。トルコ系移民の息子のデミレルは、勉強への意欲を失い暴力沙汰も起こしている。そんなデミレルのレポートで、町の偏屈者として知られるフランツ・アランベルガーという老人と会ったことを知った。かつて教師をしていた祖母が、嫌っていた人物である。だが、フランツを訊ねたホルガッハーは、予想と違う彼の態度に戸惑う。さらに渡された本を読むと、そこには1944年のこの町に生きた少年少女のことが記されていた。

 というプロローグを経て、本書の主人公のヴェルナー・シュトックハウゼンが登場する。ヒトラーたちを揶揄した父親は、密告により死刑になった。一人残されたヴェルナーは、エルフリーデ・ローテンベルガーという少女に導かれ、レオンハルト・メルダースと出会う。労働者の息子のヴェルナー。武装親衛隊将校の娘で、音楽を得意とするエルフリーデ。町の名士の息子で、ギムナジウムの生徒のレオンハルト。立場も考えも違う三人は、それぞれの理由でヒトラー・ユーゲントやナチスに反抗するエーデルヴァイ海賊団を結成。その後、ヒトラー・ユーゲントの一員で爆弾を愛好する、ドクトルと呼ばれる少年も加わった。ヒトラー・ユーゲントへの襲撃や、反戦ビラを撒いたりしていた四人だが、隣町に強制収容所があることを知り、無謀な計画を立てるのだった。

 エーデルヴァイス海賊団は、ナチス政権下のドイツに実在した若者の集団である。作者は、その事実を巧みに使い、読みごたえのある物語を創り上げた。まず現代のパートで、過去に何があったのかという興味を掻き立てておく。そしてヴェルナーの視点で、戦争末期のドイツを生きた少年少女の生き方を活写したのである。

 いろいろな注目ポイントがあるが、最初に感心したのが、ストーリー展開だ。ヴェルナーと、エルフリーデやレオンハルトとの出会い。エーデルヴァイス海賊団の結成。さまざまな反抗。当時のドイツの暮らしは重苦しく、だから自由を求めるエーデルヴァイス海賊団の行動に喝采を送りたくなる。ヒトラー・ユーゲントとの争いも、子供の喧嘩の延長のような空気があり、楽しく読めるのだ。また、自分も働いている鉄道のレール工事に不審を感じたヴェルナーは、仲間と共にレールの先に何があるか確認しようと徒歩旅行を敢行する。その途中で、別のエーデルヴァイス海賊団と遭遇し、一夜の縁を得る。このあたりは青春小説のようで、読んでいて気持ちがいい。

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