小説家・今野敏が「困っている人を助けるヤクザ」を書く理由とは? 『任侠梵鐘』刊行記念トーク&サイン会レポート

ヤクザは嫌い。だから小説ではカッコよく書く

大胆な発想といえば、ヤクザが住民や施設で働く人たちのためにここまで献身的になる構成も極めて珍しい。これには理由があるという。
「阿岐本のように人情があるヤクザは、実際にはそうそういないでしょう。昭和の末期から平成初期のバブルの時代、六本木で飲んでいると大勢の子分を引き連れたヤクザが店に入ってきて、好き放題やっていた。見るからに品がなく、大嫌いだったんです。『なんであんな奴らがいるんだろう』って。だからこそ、あえて理想的なヤクザの姿を描きたかった」
今野さんが阿岐本組を魅力的に描くのは、一種の世直しでもあった。
「私は警察小説を書くときも、警察官の応援団になったつもりで彼らをカッコよく書くんです。私の小説を読んだ人が『こんなふうになりたい』と憧れて、理想の警察官になってほしいと思いましてね。ヤクザもそう。これを読んだ反社の人たちが心を改めてくれるんじゃないか、そう願っているんです。残念ながら、まだ『読んで改心しました』という人にはお目にかかれていませんが」
今野さんはそう苦笑する。さて、気になるのは任侠シリーズの今後だ。
「出版社からは『最低でも第10弾までは書け』と脅されているので、私が生きているうちは、まだまだ続きます。設定は何がいいかなあ。皆さん、ぜひアイデアをください」
サイン会ではファンから今野さんへ「立ち退きを迫られる空手道場をぜひ」「運休の危機に喘ぐ船の航路はどうですか」など、任侠シリーズへの新しい提案も多数あった。読者のアイデアが採用される日が訪れるかもしれない。
■書籍情報
『任侠梵鐘』
著者:今野 敏
価格: 1,925 円
発売日:2025年1月8日
出版社:中央公論新社