北村匠海主演の映画『愚か者の身分』原作者・西尾潤、創作秘話を明かす 徳間書店のイベントでファン歓喜の理由は?

『愚か者の身分』原作者・西尾潤イベント

 12月19日、徳間書店で小説家・西尾潤氏のファンミーティングが開催された。北村匠海が主演し、綾野剛、林裕太らの出演でも話題を集めた映画『愚か者の身分』の原作者として注目を浴び、11月には続編『愚か者の疾走』を刊行したばかり。チケットが即完売となった今回のイベントには多くのファンが集結。長崎、福岡、静岡など遠方から駆けつけた読者も少なくなく、西尾氏の人気の高さがうかがえる一夜となった。

 トークは二部構成。第一部では、徳間書店の担当編集者・野間裕樹氏との対談形式で、「愚か者」シリーズがどう生まれ、どう書き直され、どう映画になっていったのかが語られた。開演直後、西尾氏は開口一番、「5人ぐらい集まったらいいんじゃないか」という軽いノリでスタートした企画だったというが、実際には会場は満席に。年末のタイミングで多くの人が集まったことへの感動と感謝を表明した。映画でも『愚か者の身分』が話題となっていることに触れ、「もちろん俳優さんの力も大きいけど、それがあって原作を愛していただいてすごく嬉しくて。本当にいい年になりました」と、今年の総括から話を始めた。

 西尾氏は2018年に大藪春彦新人賞を受賞、2019年に受賞作を含む『愚か者の身分』で作家デビューを果たした。その後2021年にマルチ商法で多大な借金を抱えた自身の経験をもとに描いた『マルチの子』が各種メディアで話題となる。スタイリスト/ヘアメイクとしても活動してきた異色の経歴も作品に落とし込まれ、評価を高めている作家の一人である。

■『愚か者の身分』はこうして生まれた

西尾潤氏と担当編集の野間裕樹氏の話を熱心に聞き入る参加者の方々

 西尾氏が本格的に小説へ向かったのは、小説教室に通っていた経験が大きいという。現在は「森村誠一・山村正夫記念小説講座」という名称になっている通称「山村教室」。ヘアメイクの仕事を続けながら、小説家への歩みを進めていた。

 転機になったのが、徳間書店の『大藪春彦新人賞』である。2017年から始まった短編賞で、「短編だからチャレンジしやすい」と小説教室ですすめられたこともあり、応募したという。印象的だったのは、西尾氏が“女性が読めるハードボイルド”を意識していたことだ。大沢在昌らの作品を読んで「楽しいけれど、男性の世界だなと思っていた」との印象から、「女性が読みやすいハードボイルド」を書きたいとの構想があったそうだ。女性を主人公に据えた挑戦の延長線上に、のちの「愚か者」シリーズの核となる発想が見える。

 第2回の応募作が、のちの『愚か者の身分』につながっていくのだが、野間氏が“禁断の資料”として披露したのが、選考会前に作っていたというメモだ。

 候補作は3作。選考に関わった作家陣が西尾氏の作品に○をつけるなか、野間氏だけが「×」。会場からは笑いと驚きが同時に起きた。選考会後の飲み会で「お前、今までどんな小説を読んできたんだ」と選考委員の作家陣に詰問されたというエピソードも披露された。

 ただ、野間氏の×は否定というよりも、物語の中で「登場人物の関係性がわからない」「号泣するシーンが効いてこない」といった細部の詰めの甘さへの指摘が主なもの。最後の「魚を持って歩くシーン」へは、「あそこが鮮烈で、映像喚起力がある」と選考会では評価したという。西尾氏の小説がデビュー前から映像化に適している一端を垣間見せた。

 大藪春彦新人賞を受賞後、野間氏が担当編集となり書き下ろされたのが『愚か者の身分』である。連作短編の構成で組み立てられていく中で、最終章となる「第5章」は「原稿用紙で300枚以上は書き直した」と話すほど苦慮したという。

 西尾氏と野間氏の編集作業では、いつも甘さの中に厳しさが混ざり合う。西尾氏が原稿を上げると、野間氏はまず褒める。しかし戻ってくる原稿は修正の依頼で真っ赤なことも多い。「赤字ばかりですけど、卒倒しないでくださいね」と言われることもあったと西尾氏は笑う。「物語」を成立させるために、どれだけの試行錯誤が積み重なっていたのか。具体的に明かされるエピソードに、ファンからも驚きの声が上がっていた。

■6年越しの映画化

 『愚か者の身分』は2019年の単行本刊行から6年越しで映画化された。西尾氏によれば、映画化が具体的に決まったのは2024年。若者の貧困や「トー横キッズ」に関心を寄せていた永田琴監督が、『マルチの子』をきっかけに西尾氏へ連絡し、さらに『愚か者の身分』に強く惹かれて「映像化したい」と徳間書店を直接訪れたという。

 監督が編集部に現れて熱量をぶつける——それは「かなりレアなケース」だと野間氏も驚く。映像化の話が多数来ても決まらない経験を西尾氏自身が重ねていたからこそ、「いつかなったらいいな」程度に構えていたというが、その気持ちが一気に現実へ切り替わるのが、キャスト決定の瞬間だった。

 映像化にあたって、西尾氏はすべてを任せ、リクエストはしなかったという。理由は明確で、「映像作品と小説作品は違う」からだ。脚本を読んで驚いたのは、「こんなに抜くんだ」と感じるほど大胆に原作から削ぎ落とされていた点だった。ただし西尾氏はそれを肯定的に受け止めている。永田監督が「タクヤ・マモル・梶谷の3人が、一人の男の人生のように見える」という視点を持ち、それを脚本家の向井康介氏に伝え、一本のシナリオへとまとめ上げた。西尾氏は、この統合の仕方が作品への高評価や、釜山国際映画祭での俳優賞(3人同時受賞)にもつながったのではないかと私見を語った。

■鯵がポイントになった理由

参加者全員に配布されたキーホルダー。西尾氏が描いた可愛い鯵のイラストが目を惹く

 第二部は、集まったファンからの質問コーナー。最も質問が多かったのが、小説内でも象徴的に描かれる“鯵”に関する内容だった。詳細はネタバレになるため控えるが、西尾氏は「何かを隠すなら、冷凍庫の魚の間に挟んだら見つからない」と考えたことがあったという。

 また、物語の中で象徴的に描かれる“目”に関する質問も多く寄せられた。ヤクザの世界の逸話や、目が飛び出る奇祭の話、救急救命の知識など、さまざまな資料を参照しながら物語に織り込んでいったことが明かされた。

 「一番好きなキャラクターは?」という問いには、西尾氏は悩みつつも梶谷剣士を挙げた。不器用さや寂しさに触れながら、続編『愚か者の疾走』の話にも及び、特に思い入れのある理由を語っていた。

『愚か者の身分』を手に持つファンミーティングに参加した読者の方。この日のためにネイルを「鯵」デザインにしたという

■次回作の気配

 執筆ペースについては「11月から全然書けてない」としつつも、次回作の構想について言及。綾野剛との会話の中で心に残った言葉を、次回作のタイトルにしたいという話まで飛び出し、会場の期待を大きく膨らませた。

サプライズプレゼントは『愚か者の身分』のスピンオフストーリー。紙での配布は今回だけというスペシャルな内容

 イベント終盤には、会場の熱がさらに高まる。来場者全員へ“クリスマスプレゼント”として、西尾氏による鯵の手書きイラスト入りキーホルダーと、『愚か者の身分』のスピンオフとなるショートストーリーが配布されるサプライズも用意されていた。紙で配るのは「この場だけ」になるかもしれないとアナウンスされ、ファンからは歓喜の声が上がった。

 西尾氏は、社会の裏面を書く理由を「犯罪者も、決して最初から悪い人間ではないと思う。みんな犯罪をするに至る理由がある。なぜそうなったのかに、いつも興味があります」と語る。その“なぜ”を追う視線は、取材や調査に向くだけでなく、書けなかった日々、破綻したプロット、真っ赤な赤字、そして6年越しの映画化——そのすべてを通り抜け、なお物語を前へ進める力へと変わっていく。作品が誰かの人生に届いたとき、作者の側にも確かに“返ってくる”ものがある。今回のファンミーティングで西尾氏が何度も繰り返した「嬉しい」という言葉に、作品に対して苦闘と苦悶を重ねてきた末にしか生まれない手触りを、ファンたちは確かに感じ取っていたことだろう。

このイベントでしか聞けない映画の出演者との秘話や嬉しいサプライズプレゼントを手に笑顔を浮かべる読者の方々

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