【連載】嵯峨景子のライト文芸新刊レビュー スターツ出版注目作から白洲梓デビュー作まで、今読みたい5作品

鞠目『下の階にはツキノワグマが住んでいる』(ことのは文庫)

 もふもふ好きや、日々の生活に疲弊している人にぜひとも読んでほしいのが、第11回ネット小説大賞を受賞した『下の階にはツキノワグマが住んでいる』だ。アパレル会社で働くゆり子は、5年ほど暮らした賃貸マンションで火事が起きたため、引っ越しを決意する。新居は築35年の“動物入居可能”物件の2階。1階下の住人は、胸の三日月模様がトレードマークの、黒くて大きなツキノワグマだった。おだやかで優しいクマと仲良くなったゆり子は、おいしい食べ物や四季折々の行事をクマと一緒に楽しむようになる。そんな日々を過ごすうちに、ゆり子は絶縁していた母親との関係にも向き合えるようになり――。

  物語の舞台はツキノワグマやキツネ、ゴリラや馬などさまざまな動物と人間が共存する社会。少し不思議であたたかな世界観が魅力的で、作中に登場するおいしそうな食べ物の数々も読みどころだ。クマの大好物のはちみつロールケーキやはちみつビール、店主の三毛猫が手掛けるおふくろの味風定食、寒い日に一緒に作ったお鍋……。なんでもない日常のささやかな喜びは、誰かと共有することでもっと輝き出す。疲れた人の心をじんわりと癒やし、生きる楽しさを思い出させてくれる、大人のためのファンタジーだ。今はあくまで「ご近所さん」という距離感のゆり子とクマの関係性が、今後はどのように変わっていくのか。続編にも期待を寄せたい。

白洲梓『最後の王妃』(集英社オレンジ文庫)

 『威風堂々惡女』シリーズなどで知られる白洲梓のデビュー作が、集英社オレンジ文庫で新装版として登場。アウガルテン王国の名門貴族の娘・ルクレツィアは幼い頃から王妃教育を受け、15歳で皇太子シメオンに嫁ぐ。だが彼は一度もルクレツィアを顧みることなく、長年寵愛する下働きの娘・マリーを側室に迎え、跡継ぎとなる息子も産まれた。王宮で居場所を失ったルクレツィアは、それでも真面目に自らの責務を果たそうとするが、さらなる試練が彼女に訪れる。政治能力に欠けたシメオンは国を弱体化させ、敵対するエインズレイ国の侵攻を受けて母国は崩壊。シメオンはマリーと息子を道連れに自害し、国を背負うことになったルクレツィアは降伏の道を選ぶ。以後アウガルテンはエインズレイ国の統治下に入り、彼女は軟禁生活を強いられた。

  だがエインズレイ国で謀反が起こり、ルクレツィアは政変に巻き込まれ――。物語はルクレツィアの激動の人生を中心に、不遇だが芯の強い女性が自らの足で立ち上がり、幸せを掴むまでの道のりをドラマチックに展開する。崩壊する国を背負い、苦難の道を歩むルクレツィアの転機となるのは、軟禁生活を送る彼女に仕える侍女ディアナとの出会い。ディアナの生き方に触発されるように、ルクレツィアは自らの生きる道を模索してゆく。ルクレツィアの成長譚に加えて、エインズレイ国の王子メルヴィンとの甘やかなロマンスも本作の読みどころだ。コンパクトにまとまった、上質なヒストリカルロマンである。

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