【連載】嵯峨景子のライト文芸新刊レビュー 悪女モノから中華退魔ファンタジーまで、今読みたい5作品

【連載】嵯峨景子のライト文芸新刊レビュー

 『少女小説を知るための100冊』や『少女小説とSF』などの著作で知られる書評家の嵯峨景子が、近作の中から今読むべき注目のライト文芸をピックアップしてご紹介。今月は異色の悪女モノ『宝石喰いの悪女』や、飛鳥新社が立ち上げた新レーベルの作品『水槽世界』など5タイトルをセレクト。(編集部)

三萩せんや『宝石喰いの悪女』(双葉文庫)

 コレニア王国の公爵令嬢エリザベートは、大量に宝石を集める強欲な悪女として悪評を轟かせている。だがそれは誤解で、本当は国内有数の宝石の目利きをもつ聡明かつ真面目な女性だった。王太子マーキスと結婚予定のエリザベートは、愚かなマーキスと彼の愛人で娼婦のプリシラの悪巧みにより、婚約式で窮地に追い込まれる。婚約解消と国外追放を言い渡されたエリザベートを庇ったのが、ディミトリア王国のアレクサンドル皇太子だった。世界最大の宝石産出国から来たアレクサンドルは、エリザベートの類まれな宝石鑑定眼に目をつけ、有能な人材として国に受け入れる。親切ではあるが一筋縄ではいかない皇太子と、頭はよいのに不器用で誤解を受けがちなエリザベート。エリザベートを取り巻く境遇の厳しさはディミトリアでも変わらない。

  しかし彼女は、つけた人に死をもたらす呪いの首飾りや、消え失せた片耳のイヤリング、宝石市場を混乱させる精巧な偽物ダイアモンドといった事件を、持ち前の目利きと知性で次々に解決していく。その活躍によって、彼女が少しずつ居場所と理解者を得ていくさまは痛快だ。宝石鑑定ミステリが展開される一方で、親切ではあるが一筋縄ではいかない皇太子と、頭はよいのに不器用で誤解を受けがちなエリザベートのラブロマンスも進行。いつしかエリザベートに心を惹かれ、彼女を笑顔にしたいと積極的になっていくアレクサンドルと、恋には奥手なエリザベートの関係の行方はいかにーー。

栢山シキ『レディ・ファントムと灰色の夢』(集英社オレンジ文庫)

 2023年集英社ノベル大賞の準大賞受賞作は、英国のヴィクトリア朝を彷彿させるオルランド王国を舞台にしたミステリーロマン。伯爵令嬢のクレアは、幽霊と会話できるレディ・ファントムという不名誉なあだ名をつけられ、貴族社会の中で孤立していた。そんなクレアの唯一の友人であるアネットが、パール広場の大階段から転落して亡くなった。当初は自殺を疑われたアネットだが、彼女の母やクレアたち貴族令嬢の嘆願もあり事故死として無事葬儀が行われた。

  だがその後、刑事と名乗る見目麗しい二人組の男がクレアの前に現れる。栗毛のヘイリーは愛想がよいものの油断がならず、赤毛のデュランも神を信仰しない傍若無人な男だった。胡散臭い二人組の捜査に巻き込まれたクレアは、哀れな死者の名誉を守るという言葉を受けて、最愛の友人の死の真相を探り出すが……。本作の中でとりわけ印象に残るのが、女同士の絆である。作中でクレアが問いかける「女が女を大切にするのは、おかしいこと?」という言葉には、大事な存在の幸せを願う切なる愛が込められている。幽霊が見える能力というオカルト要素が物語に灰色の影を落とし、陰りを帯びた独特の世界が生まれている。異色のトリオがきらびやかな貴族社会の光と影に迫る、ゴシックミステリーだ。

水瀬さら『約束のあの場所、君がくれた奇跡』(ことのは文庫)

 春・夏・秋と季節折々の美しい情景とともに、切ない感情を瑞々しく綴ってきた「泣ける四季シリーズ」の最終章。冬をテーマにした本作は、幼い頃から重い心臓病を患う六花と、隣の家に住む彼女の幼なじみの朝陽の物語だ。奇跡的にドナーが見つかった六花は15歳で心臓移植手術を受けて元気になり、一年遅れで高校に進学する。朝陽は子どもの頃から彼女の面倒を見ており、よき兄として接してきた。過去のトラウマゆえに誰かに必要とされないと不安になる朝陽と、頼る一方の関係から卒業してひとり立ちをしようとする六花。二人の関係が少しずつ変わり始めた矢先に、朝陽は六花が時おり別人のように見えることに気づく。それは、彼女に心臓を提供したドナー・希美の人格だった。

 「約束の場所」を思い出してたったひとつの願いを叶えたいと言う希美との出会いの中で、朝陽は六花や家族との関係を見直していくことになり……。シリーズを通じて登場するファンタジックな設定は本作でも健在で、最後に起こる奇跡は心の中にあたたかな余韻を残す。未来に何が起きるかはわからない。だからこそ、今いる大切な人とのかけがえのない時間を大切にしたい。切ない別れを描きながらも、前向きなメッセージと希望で背中をそっと押してくれる一冊である。

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