【追悼】ポール・オースター:私たちが生きていくために必要な「物語の力」

【追悼】ポール・オースター

 個人的にもっとも楽しんだオースターの作品をひとつ挙げるとすれば、日本では2012年に刊行された『ブルックリン・フォリーズ』(新潮文庫)だろうか。病気で死にかけた男が、運良く命拾いをして、生まれた場所であるブルックリンに帰ってくる。どうせ一度死んだのだからと腹を括った主人公の男性は、古巣のブルックリンで好き勝手に生きていく……というあらすじだ。オースター作品のなかではもっともユーモラスな喜劇小説に分類される作品で、本人もきっと大いに楽しんで書いたのだろうと思わせてくれる愉快な一冊である。訃報を受け、ひさしぶりに『ブルックリン・フォリーズ』を開いたところ、とても印象的な一節を見つけたので、ぜひ引用してみたい。

愛する者を生の世界に連れ戻したいと彼らは願い、私はその願いを叶えてやるべく全力を尽くす。その人物を言葉のなかでよみがえらせ、原稿が印刷され物語が本の形で綴じられたら、彼らの手元には一生のよすがとなるものが残ることになる。彼らが死んでもまだ残るもの、私たちみんなが死んでも残るものが。

 本の力をあなどってはならない。

 やはり私たちが生きていくためには物語が必要であり、これまでに経験したものごとを、自分なりのやり方で語り直さなければならない。オースターが言う「本の力」とは「物語の力」そのものだ。しかし、よき物語を語るのは実に難しい。どうすれば自分のための豊かな物語を語れるのか? オースターの作品を読んでいると、その手がかりが見つかりそうな気がしてくるのだ。

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