【連載】速水健朗のこれはニュースではない:出生率とポップミュージック

出生率とポップミュージック

評価が逆転したケニー・G

ケニー・G『デュオトーンズ』
ケニー・G『デュオトーンズ』

 3,4年前のあるアメリカンミュージックアワードのMCが、ある人物の呼び込むときに「アメリカの出生率に寄与したミュージシャン」っていって紹介した。つまりアメリカにも日本でユーミンにあたるミュージシャンがいるということ。その紹介で登場したのは、ケニー・Gである。彼の楽曲は、恋人たちのムードを盛り上げる効果がある。つまり、ドライブデートやバーなどのBGMとしてなじみ深いもの。それはアメリカだけでなく、日本でも同じだった。日本でケニー・Gが人気が出たのは、やはり1980年代の後半から90年代全般にかけて。

 こうしたムードを盛り上げる音楽の作り手を、司会者は、「出生率に寄与」という言葉で評した。むろん、これはジョークである。しかもこのジョークは、ケニー・Gがそれまでムード音楽(具体的に彼は、「スムースジャズ」という言葉が用いられることが多い)として、蔑まれてきたことへの、軽い配慮を踏まえたものだったことの詳細は後に触れる。

 サックス奏者で、80年代後半から90年代に大ヒットしたケニー・Gについて、まず彼はジャズファンたちから嫌われた存在。ケニー・Gがどのように"いじられ"てきたか。映画の『ラ・ラ・ランド』を例にとってみる。ライアン・ゴズリング演じる主人公はジャズが好きで言葉の端々にそれを匂わす。鼻についたヒロインが「私にとってジャズは、ケニー・G」「いかにもエレベーター・ミュージックよね」と返す。ジャズファンにケニー・Gの話をするというステレオタイプ。それを踏まえて描いて見せたかもしれないが、おそらく前者だ。

ザ・ウィークエンド『In Your Eyes』
ザ・ウィークエンド『In Your Eyes [feat. Kenny G]』

 そして、いつしかジャズファン以外からも「取るに足らない音楽」の代名詞にされるようになった。ケニー・Gはミュージシャンである以上に、「ミーム」として扱われてきたのだ。彼の着ていたいかにも80年代らしい派手なジャケットや、今も変わらないソバージュのロングヘアーも、彼のイメージを築き上げた要素のひとつだった。だが、そんなケニー・Gへの評価が近年、逆転した。カニエ・ウェスト、ザ・ウィークエンド、ジョン・バティステらがケニー・Gと共演したことを機に、その扱われ方が変化したのだ。彼らは、レコード会社の押しつけで「Featuring」相手を選ばない。当然、本人のアイデアでケニー・Gが起用されただろう。

クエストラヴ/ベン・グリーンマン『ミュージック・イズ・ヒストリー』
クエストラヴ/ベン・グリーンマン『ミュージック・イズ・ヒストリー』

 カニエは、当時の妻、キム・カーダシアンの誕生日にケニー・Gを自宅に呼び、それがきっかけで共演。おそらくはセレブ仲間つながりだったのだろう。ザ・ウィークエンドは、ケニー・Gとの共演で『In Your Eyes』という曲をつくった。アメリカンミュージックアワードへの出演は、この曲での受賞だ。ザ・ウィークエンドの場合は、音楽的な理由でケニー・Gをフックアップしたと思われる。80年代のポップな音楽を参照し、そのダークな面を含めて表現する。ザ・ウィークエンドがケニー・Gに目を付けるのは必然。そして、ジョン・バティステの場合も文脈はわかりやすい。両者は、ジャズとポップスをクロスオーバーする存在。そこがケニー・Gと重なるところ。黒人文化の色の強いジャズを白人がやることの壁は存在する。肌の色、ジャズとポップス。両者の壁を越えた音楽をクロスオーバーと呼ぶことがある。ケニー・Gとバティステで立場は別だが、ともにクロスオーバーという立場を踏まえてのリスペクトがあったのだろう。また、バティステは、80年代のゲーム音楽をフックアップしたことがある。ちなみに「フックアップ」とは、過小評価された存在に、もう一度、世間の関心を集め、評価をあらためること。

 ミュージシャンで映画監督のクエストラヴは、「フックアップ」は、ヒップホップ、ブラックミュージックの文化に特有の表現の一形式だと『ミュージック・イズ・ヒストリー』に書いている。過去の黒人のミュージシャンたちが過小評価を受けてきた。そこに光を当てるのがフックアップだ。ただし、クエストラヴは、ビル・ウィザース(70年代の大物ソウルシンガー。作曲家)を担ぎ出そうとラブコールを送り、嫌がられた話を書いている。フックアップは、場合によっては大きなお世話でもあるのだが。

原田裕規 編著『ラッセンとは何だったのか』
原田裕規 編著『ラッセンとは何だったのか』

 ケニー・Gは、ずっとジョークの対象とされ、音楽性とは離れたミームとして扱われてきた。その立場への共感、別の視点の注入、それがカニエ、ザ・ウィークエンド、バティステのフックアップから見えてくる。ちなみにケニー・Gについて『ラッセンとは何だったのか』(原田裕規編著)という本の中で、アート界におけるクリスチャン・ラッセンとジャズ界におけるケニー・Gの比較の話がある。両者は同じ年に生まれ、どちらも内輪の強い業界で、壁の外に置かれ続けた存在。

 30年、40年の時間を経て、評価が逆転することがある。自動車文化がおたくのものになったのも、おたくサイドからのヤンキー文化のフックアップと見ることができるし、ユーミンは、日本の中間層をフックアップ(クラスアップ?)させたのだろう。

■参考
【マンガ】
しげの秀一『頭文字D』
楠みちはる『湾岸ミッドナイト』
【書籍】
クエストラヴ/ベン・グリーンマン『ミュージック・イズ・ヒストリー』
原田裕規 編著『ラッセンとは何だったのか』
【映画】
『ラ・ラ・ランド』
【音楽】
松任谷由実『DA・DI・DA』
ケニー・G『デュオトーンズ』
ザ・ウィークエンド『In Your Eyes [feat. Kenny G]』

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