【新連載】速水健朗のこれはニュースではない:プライベートジェットとウーバーイーツの話

速水健朗のこれはニュースではない

 ライター・編集者の速水健朗による時事ネタ、本、映画、音楽について語るポッドキャスト番組『速水健朗のこれはニュースではない』が、その鋭い切り口で好評を博している。リアルサウンド ブックでは同番組との連動企画として、最新回の話題をコラムとしてお届けする新連載をスタート。

 第1回は、テイラー・スウィフトと大谷翔平がプライベートジェットを利用したという話題から、近代以降の公共サービスである郵便/鉄道について考える。

『速水健朗のこれはニュースではない』ポッドキャストはこちら

かつては誰しも切手を集めていた

 世の中、猫も杓子もテイラー・スウィフトと大谷翔平の話ばかり。両者に直接的なつながりはないが、2人とも同じプライベートジェット会社の利用者である。ビスタ・ジェットという年間の利用時間数で契約する定額制のプライベートジェットシェア会社。コロナ禍の移動制限と世界的なセレブ人口の増加を背景に成長しているサービスで、多くのセレブたちも利用している。

 プライベートジェットは悪者にされることが多いが、実はいい面もある。富裕層が率先してSAF燃料(持続可能な航空燃料)を使用すれば、それだけSAFへの転換は早く進む。そう語るのはビル・ゲイツである。要するに、規模の経済が働けばSAFのコストも下がり、結果、環境問題の解決に向かう。これは、つまるところプライベートジェットを利用する側からの言い訳なのだが、頭のいい人間の言い訳には一理ある。規模の経済は、昨今では軽視されがち。とはいえ、メディアや運動家がSAFへの転換をメッセージとして訴えるよりも、その方が現実的ということ。

 話は変わる。能登の震災の報道である70代の男性がインタビューに答えているのを見た。男性の家は全壊しているのだが、その家の前で彼は切手のコレクションの話をしている。子どもの頃から集めたコレクションを震災ですべて失ってしまったという。家をなくしたのは当然、悲しいがコレクションを失うのも悲しいこと。そんな、他とはやや視点を違えた震災報道が印象に残った。

藤子・F・不二雄『ドラえもん(9)』
藤子・F・不二雄『ドラえもん(9)』(てんとう虫コミックス)

 かつては誰しも切手を集めていた。僕も6,7~10才頃まで集めていた。僕の場合のきっかけは、『ドラえもん』の「王冠コレクション」(てんとう虫コミックス9巻)だった。スネ夫がのび太に珍しい切手の「月と雁」を1万8000円で手に入れたって自慢して、のび太は、珍しい切手をドラえもんにねだる。ドラえもんが出した道具は、「流行性ネコシャクシビールス」である。のび太は使い古しの王冠を集めている。それを集めているのは、のび太だけ。「流行性ネコシャクシビールス」によって、のび太は一気にトップコレクターに駆け上がる。誰かが大事に集めたりしてるのを見て、自分もという人が生まれるというのは実際によくある話だ。もの自体の使用価値とは別に、数に限りがあるものは経済学的には「資源」と呼ばれる。そこには希少性が生まれる。現代のスニーカーのコレクター市場も同じだ。あるとき交換する場所が誕生して、それまで興味なかった人までナイキの新作に列を作る。

宇野重規『実験の民主主義』
宇野重規『実験の民主主義』(中公新書)

 『実験の民主主義』(中公新書)という本のなかで政治学者の宇野重規と編集者の若林恵が郵便の話をしている。若林が郵便に興味を持っているのは、ポッドキャストを通じて知っていた。なぜ郵便なのか。アメリカ建国時の公務員の中には、郵便従事者の人口が多かった話。広い国土を移動して情報を届けるポストマンたちが、ロールモデル的な役割を果たしたであろうといった話。おそらく郵便のシステムと近代国家像を重ねてみているのだ。思い出したのは、ニール・スティーヴンスンという作家の『スノウ・クラッシュ』というサイバーパンク小説だ。舞台は近未来のアメリカで主人公は、ピザの配達人である。テクノロジー産業が海外に流出した未来のアメリカでは、映画と音楽とマイクロコード(ソフトウェア)とピザ配達だけが、残された産業になっている。

スノウ・クラッシュ(上)
『スノウ・クラッシュ(上)』(早川書房)

 『スノウ・クラッシュ』の中に「フランチャイズ国家」という言葉が出てくる。ネットが発達した近未来(メタバースが描かれる)において、国家は細分化され企業やコミュニティーが運営主体になっている。ピザ配達人は、この世界で特別な存在、「ロールモデル」と位置づけられている。西部開拓時代の保安官みたいな感じだろう。

 マイクロ国家で生きる人々は、領域的にも時間的にも30分で届くピザの距離、時間に分断されている。『スノウ・クラッシュ』は90年代初頭の小説だが、ウーバーイーツの予言のようでもある。ウーバーイーツ配達人は、好きなときに自由に働き、誰からも制限されないといったような現代的な職業的ロールモデルだ。同じようにかつて建国当時のポストマンたちは、広い国土を配達のために往復する「ロールモデル」だったのだろう。日本に日本人という意識が芽生えたのは明治以降だが、その課程には、「手紙を出せばすぐに届く範囲」「電車で地続きの場所」という意識が関係していただろう。郵便も鉄道も近代国家成立の条件であり、日本では明治の初期に普及した。

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