ホストクラブはなぜ「初回無料」を謳うのか? 2009年のベストセラー『フリー <無料>』から考える
ホストクラブの「初回無料」の宣伝を急に見かけるようになった。無料だけでなく、アマゾンギフト券1000円分をプレゼントする旨を宣伝するSNSの発信も見かける。これはなんだろうと気になって調べてしまった。
きっかけは12月(2023年)の歌舞伎町での客引きの検挙だった。これによって外販と呼ばれる仕組みが崩れた。ホストの客引きは、もう何年も前に条例で禁じられている。そのかわりに外販と呼ばれるアウトソーシングの仕組みが定着していた。店に属していない呼び込みが紹介料を取って、お店に新規客を流す仕組みが外販である。そこへの規制が行われ、それに困ったホストクラブは、初回無料をアピールしたり、アマゾンギフト券を配ることで新規客の獲得の埋め合わせをするようになった。
ホストクラブのビジネスモデルの是非についてはともかく「初回無料」をきっかけにある本のことを思い出し、本棚からつまみ出してみた。2009年に刊行されたクリス・アンダーソンの『フリー 〈無料〉からお金を生みだす新戦略』である。この本が刊行されたのは、2009年のこと。すでにインターネットが普及して10年ほどが過ぎている。ネットの世界は、無料のサービスを基本に成立している。漫画や音楽、テレビ番組などのコンテンツも例外ではない。コンテンツにお金を払うことが、そもそも習慣として身についていないフリー世代が生まれている。困ったのは、新聞、雑誌、映画、音楽CDなどの消費者にコンテンツの対価を求めることで成立してきた産業だ。彼らはフリー経済に疲弊しながら、その先に、フリー世代を相手にビジネスをやっていくことに希望を持てずにいたのだ。フリー世代が社会の中心になる頃に、コンテンツ産業はどう生き残ればいいのか。
まず2009年は、どんな時代だったか。ソーシャルメディアという言葉は普及していないが、ブログやmixiは普及している。Twitterのサービスは始まっているが、つぶやいているひとたちは、まだ一部のアーリーアダプター層だけ。Gメール(2004〜)は普及している。大容量のフリーメールは珍しく、登場自体が事件だった。YouTube(2005〜)はサービスが始まっているが、まだそこまで普及してはいない。ヒカキンが始めるのが2011年7月のこと。
ちなみに、無料や割引を用いて人を集めるタイプのマーケティングは、ネット以前から存在する。本書では、ゼリーを広めるために、無料でセールスマンがレシピを家庭に配布した話などが披露される。20世紀初頭の話。本書はこうした無料経済の歴史を踏まえて、ネット時代の無料がそれとは当別なのかを議論する。とはいえ、ネット時代の多くの無料は、それまでの無料で説明が付くものでもある。
本書に登場する無料の仕組みでもっとも広く用いられる用語に「内部相互補助」がある。これは経済学用語。無料のビジネスの多くは、別の商品に転嫁されたり、違う誰かが払っているだけで、本当に無料ではないというものだ。例えば広告が付いているから無料のメディアは、民放のテレビやラジオ、ネットのGoogleやYouTube、多くのサービスが広告付きの無料メディアだ。広告による無料方式も内部相互補助で説明することができる。
例えばテレビの民放のバラエティー番組が無料で放送されている。このコストを支払っているのは、広告を出稿した企業ーーではなく、その企業の商品・サービスにはコストが転嫁されている。つまり、民放バラエティーの支払いをしているのは消費者である。世の中で最も普及している無料のモデルは、内部相互補助の一分野である広告モデルで成立している。
さて、ホストクラブの初回無料は、これらとはまた別の「内部相互補助」のパターンが採用されているのだろう。ホストクラブの場合、初回の無料分を支払うのは、未来の本人というパターンだ。『フリー』ではもちろん、初回無料のホストクラブの話が書かれているわけではないが、携帯電話の無料というモデルについての説明がある。2年などの契約の縛りがあり、本体の代金は、別途補われていくというもの。当然だが、ホストクラブは2度目以降の来店を見据えて初回分を無料にしているのだろう。そうであれば目新しい「無料」ではないことになる。ただ、無料に躊躇のない若い世代をターゲットにしている点で、ちょっとクレバーなようにも思える。それ以前の世代であれば、「無料」というだけで身構えてしまうかもしれない。